外国人の自殺志願者と出会う③

前回のあらすじ

「明日自殺をする」というメールを私に送ってきたアジアの某国に住んでいるミスターY(仮名)だったが、彼の悩みは友人や、頼れる相手、日々の生活の生きがいのような「生活の足場」と呼べるものが存在しないことであった。

そんな折、定職を失い、それまでの生活で感じていた不安が一気に露呈した。

とどめに、そろそろ若者と呼べる年齢でもなくなることで、「これ以上、生きていても仕方がない」と将来を悲観するようになった。

その話を聞いた私は、彼は緊急の支援を必要としているわけではなく、話し合いで説得できるのではないかと感じて、彼と話をすることにした。

・これからどうしたらいい?

前回の記事の最後で触れた通り、私は彼に都会と田舎では人間関係の質が根本的に違うため、都会在住の彼が、地元のような人間関係のネットワークを築くことは難しいのではないかと伝えた。

すると彼はこんな質問をしてきた。

ミスターY「だとしたら、これから私はどうしたらいい?」

これからのことの心配って、あんた、もはや自殺する気ないだろ!?

彼の気が変わったことは良いことなのだが、彼が生きる術を求めるのなら、私もそれなりに答えなければならない。

私が考えついた方法は次の3つである。

:一人で生きる

都会は娯楽が溢れている場所が多いため、親しい友人などいなくても、充実した生活を送ることはできる。

というわけで、一人の時間を楽しめる趣味を持って生きるということ。

短所は、どれだけ人生を充実させても、対人関係を通して得られる喜びは決して手に入らないことである。

:家族を作る

住まいを変えることになれば、友人たちとは疎遠になってしまうが、家族とはつながりを保つことができる。

というわけで、ただ一人の相手と経済面、情緒面、性関係のすべてを満たせる関係を築き、その人(またはそこに子どもを加わえた)との関係を生きがいとして暮らす。

短所は、二人だけで足場を築くため経済力が必要となることと、自分が一人の相手にすべての対人欲求を満たしてもらうことと同様に、自分も相手の要求に応じなければならないため「選ばれない」リスクがあること。

:田舎の生活と同じように複数の人間と緩く繋がれるネットワークを作る

田舎の人間関係と同じように、②のような一人ですべての人間関係の満足度を満たしてくれる相手ではなくとも、味方になってくれる複数の友人を作る。

短所は地元の暮らしのような生まれた時から自然に存在する地縁がないため、一歩目の勇気が必要なことと、移動のリスクがあるため、長期的な関係が築ける相手になるとは限らないこと。

(②と③については前回の記事で触れた「一人の相手に100を求めることと、2030の相手を複数人求めることの違い」も参考にしてほしい)

・地元には戻れない

私は彼にこのような選択肢を示したのだが、ここから先はなぜか彼の方が私の考えや生活について質問してくるようになった。

ミスターY「なるほど。それであなたはどの生活を送っているのですか?」

早川:「消去法で①です」

ミスターY「どうして?」

早川:「先ず私にとって②は論外です。この国ではあたかもそのような関係が結婚の正しい姿のように語られることが多いのですが、自分にとってのすべてのニーズを満たしてくれる相手など存在するはずもなく、『結婚とはそのような関係でなければならない』という高すぎる要求水準が結果的に結婚そのものを困難にしているバカらしさを感じます。私は田舎の人間関係で育った人間だから、そのような一人の相手にすべての経済性と情緒的満足を求める関係には耐えられません。結婚に限らずこのような傾向を持っている人はいます。私は5年以上ペンパルサイトを使っていますが、『返信が遅い』『私に自己開示してくれない!!』と苦情を言ってくる人がたくさんいましたが、彼らの反応もこのように「この人には自分のすべてを受け入れてもらいたい」という思いから来ているのだと思います。というわけで、結婚に限らず、一人の相手への過度の依存は危険だと考えています」

ミスターY「なるほど。だけど、なぜ③ではなく①を選んだのですか?」

早川:「都会に住むとか関係なしに、5年ほど前にいろいろと事情があって、家族も恋人も友人も作らずに一人で孤独に生きていこうと決めたからです。今は若干考えが軟化したため、③のような関係もいいなと思いますけど、今さら戻れるとは思えないですし、変わるために具体的な行動を起こしているわけでもありませんから」

ミスターY「一体何があってそうなったのですか?」

早川:「今の段階ではまだ話せませんが、今度いつか、機会があったら話します」

ミスターY「それは残念です。でも、その時を楽しみにしています。(←やっぱり、あんた死ぬつもりないだろ?)でも、③の関係がいいのなら実家に戻ることは考えないのですか?」

早川:「ありません。他の地域のことは知りませんが、私の地元は悪い意味で『都会化している』というか、先ほど(前回の記事)紹介した地元の良さである『複数の信頼できる人と緩やかにつながる関係』を自ら放棄して、②のようなつながりしか認めない社会になっているからです。そんな一人の稼ぎだけで家族を養うことができるような仕事など、最初から存在しないのに、『彼らは何にしがみついているのだろう?』と不思議に思います。だから、私は地元に戻るつもりはないし、あなたに気安く『実家に戻りなよ』とも言いません。先ほど紹介した地元型と都会型の人間関係はあくまでも目安であって、実際は経済状態にも左右されるため、必ずそうなるとは限りません。」

ミスターY「私も同じです。地元に戻って、かつての友人たちと共に暮らしたいと思っているけど、そんな生活ができるだけの仕事があったら、そもそも都会に働きに出たりしないのに、『生活が苦しいのなら、地元に戻れば?』と言われることにとても腹が立ちます」

100の幸せをもたらす力はなくとも…

少し休憩を挟みながらのやり取りだったが、気が付くと時間は翌日の5時になろうとしていた。

私は数時間の間ぶっ通しで彼とメールのやり取りをしていたが、不思議なもので人の命がかかっていると全く眠気など感じなかった。

私と話をしたことで、彼も落ち着きを取り戻して自殺を思いとどまるような雰囲気になったが、まだ彼の口から直接それを聞いたわけではない。

というわけで、ここからは今回の目的である、彼の自殺を止めることに踏み込んでみよう。

早川:「あなたは『明日(と言っても、すでに日付は変わって「今日」になっているが)死ぬつもりだ』と言いましたが、もしも死ななかった場合は仕事へ行く予定なのですか?」

ミスターY「いいえ。週末はいつも休みです」

早川:「だったら、今から少し休んで、気が向いたら、また昨日と同じ時間に連絡してほしい。私にはあなたに100の幸せをもたらす力はなくとも、1020の力を持つ仲間として喜びや苦しみを分かち合うことはできる」

ミスターY「私はあなたにとって10の力もないかもしれませんが、少しでもレベルアップできるように頑張ります」

そうして、その日のやり取りは終了した。

・その後の話

翌日も私たちは同じような話をした。

私の見立て通り、彼は都会の生活に馴染めないが、地元に戻って暮らすことができるとも思っておらず、そのジレンマに苦しんでいた。

そして、今までは安定した仕事があったため、惰性で都会の生活を続けていたが、その仕事を失ったことで、これまで蓋をしていた不安感が一気に噴出して、軽い鬱状態に陥っていた。

そんな彼だったが、繋ぎにしていたゴミの回収の仕事をしながら、自棄になって放棄していた就職活動を再開して、来月から設備管理の仕事に就くことになった。

それで、彼のこれまでの悩みが解消したわけではないが、経済的に安定して生活に余裕ができたことで、自分が本当に求めているものとしっかり向き合ってこれからの人生を好転させてほしい。

自殺を考えていた時の彼は少々自棄を起こしていたが、自分のことを客観的に見ることが出来る人物のように見えた。

その証拠にコロナ禍においても、「自分の失業はコロナとは無関係」と考えていたし、これまでペンパルサイトで何度も見てきた人のように、人生のどん底から救ってくれる彼女(彼氏)という救世主を求めるような発言も一切しなかった。

本人から直接聞いたわけではないが、「明日死ぬ予定」だという発言も、裏を返せば、「その日までは何とか生き抜く」という考えによるものだったのではないだろうか?

私は「自殺したい」と思ったことはないが、「仕事を辞めたい」と思ったことは数えきれないほどあり、実際にいくつもの仕事を辞めてきた。

その時はよく「せめて、○○日までは頑張ろう」と期限を設定することで、何とかバックレずに契約の終了日まで会社に通い続けることが出来た。

彼もそのようにして、何とか苦しい日々を生き抜いてきたのかもしれない。

・まとめ

今回、彼とのやり取りで私が特に注意していたのは以下の2点である。

:「死にたい」という発言を過度に咎めない

:終了する時や一時的に離れる時は必ず断りを入れる

先ず①については繰り返しになるが、たとえ正論であっても、「死にたい」と思うほど精神的に追い詰められている人をこれ以上非難してしまえば、それこそ泣きっ面にハチになりかねないため絶対に避ける。

まあ、今回の場合は「死ぬ方法は大体どれも苦しみを伴う」と言っただけで、諦めてくれたため、かなり幸運だった気がするが…

については精神的に追い込まれている人は、常に心に不安を抱えているため、落ち着きがなく、誰かと一緒にいることで不安を和らげようと考えていることが多く、断りもなく長時間の応答がないと、その不安に押しつぶされてしまうのではないかと恐れたからである。

昨年、日雇い派遣で開業前のホテルへの備品の搬入の仕事をしたことがある。

その仕事は4人一組で行っていたが、同じチームのメンバーに終始他のメンバーと世間話をしている人がいた。

ちなみに彼は日雇いの仕事をしながら定職を探している類の人間だった。

日雇いの仕事はほとんど場合が初対面の人と一緒に仕事をするため、彼のように仕事仲間と世間話をする人間はほとんどいない。

その質問は時折プライベートに踏み入った話もあったため、私は答えるのに躊躇したが、彼は体を震わせながらこんな本音を漏らした。

日雇い労働者:「こんな話ばかりしてごめん。だけど、もう3ヶ月もの間こんな生活をしているから、誰かと一緒に話をしないと頭がおかしくなりそうなんだ」

私も若い時に数ヶ月間失業していて眠れないことがあったため、その気持ちは分かる。

それに加えて、日雇い労働の負担もあるため、彼の負担は当時の私の比ではないだろう。

このように、不安を抱えている人は常に誰かと繋がっているという実感がないと、頭がパニックになったり、精神的に追い詰められたりすることは珍しくない。

そのため、彼(ミスターY)も同じ気持ちなのではないかと思って、その点については気を使ったつもりである。

さて、彼が経済的に不安定な状況を生き抜いて、何とか定職を見つけ出すことができたのは、彼自身が努力した結果であり、私が直接的に何かをしてあげたり、具体的な解決策を提示したわけではない。

しかし、彼の命をつなぐきっかけになれただけでも今回は上出来だと思う。

…と、彼のように仕事面で苦しんでいないとはいえ、「人のことを心配している場合か?」と言われるのではないかと恐れている私なのであった。