仕事関係の記事で伝えたい言葉をまとめてみた②

前回の記事はこちら

:「断ったら二度と仕事を頼まれなくなる」はウソ

「断る力」と「甘える力」は社会で生きるために大切な能力である

新入社員に「断ったら二度と仕事を頼まれなくなる。だから、どんな仕事でも絶対に引き受けろ!!」と説教する人がいるが、これはウソである。

仕事とは需要と供給の関係で成り立っている。

この人に仕事を与えたいと思っても、仕事がなければ仕事を与えることはできない。

逆に、たとえ好感が持てない人が部下であっても、仕事に追われていたら、その人も含めた今いる人員で仕事を回していかなければならない。

そもそも、一度断られたくらいで「この人には金輪際仕事を回さない!!」「あんな奴に仕事頼むくらいなら、他の人たちに残業をお願いしてやってもらう!!」などと子供じみた私怨で、他の従業員に迷惑をかける人間こそ、協調性のない社会不適合者である。

だから、できないと思ったことをしっかりと断ることはとても大切なのである。

それができない人が袋小路に追い込まれて、仕事をバックレたり、線路に飛び込んだりするのではないだろうか。

断る・甘える>バックレる>>超えてはいけない壁>>飛び込む

の図式を頭に入れておいて、「できません」、「分かりません」、「それは違法です」という言葉をしっかりと言えるようになってほしい。

:お前は戦っていないし、強くなってなどいない

いじめと奴隷の鎖自慢

誰かがいかに大変かを語っていると、「自分の方がもっと大変だ!!」と勘違い甚だしい異議申し立てをして、意味不明な怒りを表明する「奴隷の鎖自慢」と呼ばれる行為がある。

その行為の根幹には、ひどい目にあった時に、加害者を憎むのではなく、ひたすら痛めつけられることを戦っていると思い込み、理不尽な体験に耐えて強くなったと自負することで、みじめさから逃れようとした経験があるのだと思う。

このような思い込みだけで満足してくれれば結構なのだが、そのような体験加工を行って自分が強くなったと信じたい者は、かつての自分と同じような立場にありながら、同じ苦しみを経験しようとしない人間に対しては憎しみでいっぱいになる。

彼らはそのような人を見かけると、いかに自分の方が大変だったかを語ったり、手痛い攻撃を加えずにはいられない。

弱い者いじめとはこのような連鎖から生まれるのだろう。

というわけで、そのような不幸自慢をする人には、この言葉を贈ろう。

「お前は戦っていないし、強くなってなんかいない」

「弱い者いじめしかできず自分が加害者であることを誇るゲス野郎のド変態が!!」

:「教わる人」は「教える人」の苦労を知らない

「人に教えることは誰にでもできる仕事ではない」という当たり前の考えができない人たち

よくよく考えると当たり前のことだが、「自分が覚えたこと」と「人に教えること」は全くの別のことである。

しかし、この社会ではなぜか、「他人に仕事を教えることは誰でもできる」と考えている人が少なからず存在しており、教育者としての訓練を受けていない人でも、教育業務を任されることがある。

自分が教わったり、身に着けただけで指導者の仕事もこなせるのなら、義務教育修了者全員に小中学校の教員免許を与えるべきだろう。

そうしないのは、人に教えるという仕事が誰にでも簡単に勤まるものではないからである。

極論だが、私はこのように考えている。

:自分に甘い人よりも、はき違えた「会社のため!!」精神の方が会社にとって迷惑

「モーレツ社員」は同僚だけでなく会社にとっても害を及ぼす

プライベートを犠牲にして、仕事に打ち込む人間のことを「モーレツ社員」と呼ぶ。

自分一人がそのような働き方を好むのであれば、それは個人の自由だが、他人にもそのような働き方を強制する迷惑な人間がいる。

そのような人間は「会社のため!!」と称して、他人の行動をしつこく監視したり、口出ししたりするのだが、そもそも、会社の側は本当にそのようなことを望んでいるのだろうか?

逆に、そのことで精神的に追い詰められた結果、退職者が出て、人手不足になる方がはるかに迷惑なのではないだろうか。

:男女平等憎しの昭和モデル信奉者は中小企業で働こう

「昭和時代はもっと楽に人生を送ることができたのに!!」という幻想①(男はみんな正社員になれた編)

昭和時代は男女平等なんて下らない考えがなかったから、男は簡単に正社員になれたのに!!”と憤っている人がいる。

そんな方には中小企業(それも社長一族のワンマン経営の)に就職することをお勧めする。

彼らは

「はあ?? 労働基準法?? コンプライアンス??」

「そんなの関係ねえ!!」

「ウチは絶対に会社第一で長時間労働ができる若い男しか正社員として取らねえ!!」

と宣言しているから、「男女平等憎し」の昭和モデル信仰者とはウマが合うに違いない。

:やりたくないなら、やらなければいい

アメリカで起きたブラックバイトの加害者の末路を教えてくれそうな事件

アルバイトに過剰な労働を要求する「ブラックバイト」と呼ばれるものがある。

たしかに、ひどい扱いではあるのだが、この話をすると「正社員だって、本当はこんなことをやりたくないのだけれども、上からの命令で仕方なくそうしているだけだなんだ!!」というような加害者擁護の声が出てくる。

そんな人には知ってほしい事件がストリップサーチいたずら電話詐欺事件である。

この事件の加害者に同情する人だけが、ブラックバイトの加害者を擁護できるはずである。

:仕事ができる人=自分に対して従順な人ではない

正社員はアルバイトを社員と同じようにコキ使っても幸せになれない

人件費削減のために、正社員の数を減らして、非正規労働者に正社員の仕事を任せようと考えている正社員がいる。

しかし、なぜか「その結果、自分の仕事が彼らに奪われるかもしれない」という視点はまるでない。

そもそも、仕事ができる人=自分に対して従順な人ではない。

「自分は決してバイトに置き換えられることのない一社員ではなく、選ばれた人間」だとでも思っているのか?

アルバイトを社員並みに働かせると、バイトが疲弊するだけでなく、正社員も追いつめる。

そんなことして得になるのは目先の利益しか頭にない役員と消費者だけである。

:この社会は案外、善意で動くことが多いのかもしれない

いじめにあった職場に復讐する④:決戦

私の元ルームメイトは元々楽しく仕事をしていたが、人事異動でやって来てババア(仮名)の派閥支配でいじめを受けるようになった。

彼は加害者一派に復讐するために、数ヶ月の間、計画と準備を行っていたが、会社に告発文を送るだけで、社長から直に電話がかかってきて、いじめの調査と処分を約束してくれた。

彼は、会社は保身のために、告発文を握りつぶすことを想定して、第二、第三の準備もしていたのだが、意外にも会社の方は誠実に対応してくれたため、その必要はなかった。

:本当の「強さ」とは自分の弱さを認めて、他人の力を借りてでも、必死に前へ進もうとすること

熱意は結果を保証しない①

「一人前の社会人とは男一人の稼ぎで家族を養うことだ!」

そう信じて、自分の親に生活費の援助を依頼することを躊躇う男性が、自分の子どもの大学進学費用は本人に奨学金を借りさせようとして妻と大喧嘩

幸い、彼の両親は孫の学費を負担してくれたが、妻はその時の夫の醜態が今でも忘れられない。

それは今に始まったことではない

以前から、ボーナス前は住宅ローンの支払いのためにサラ金から借金をしていた。

もしも、彼がもっと早く両親に頭を下げて家計の負担をお願いしていれば、無駄な利息を払う必要はなかったのかもしれない。

彼は「男がそんなことできるか!!」と思うかもしれないが、その結果、家族が苦しむことになるのなら「強さ」とは一体何だろう?

:正社員にならなくたっていいじゃねえか

就職から逃げても、「就職したくない」という気持ちから逃げたらダメだ!!

やりたい仕事は特にない。

勉強したいことも特にない。

だけど、ダラダラとフリーターをやるわけにはいかない。

そんな思いから、とりあえず進学しようと考えている人の多いこと多いこと。

そんな彼らに伝えたい。

仕事で輝かなくてもいい。

他人から「立派に働いている」と思われなくてもいい。

職場が居場所じゃなくてもいい。

正社員になっても、一生懸命働かなくたっていい。

そもそも、正社員にならなくたっていい。

それでも生きている人はたくさんいるのだから。

次回へ続く

スポンサーリンク