「モテたい!」と願っている人に決定的に欠けている視点

・「日本人はどこの国の人にモテるのか?」という質問の答えはあるのか?

以前の記事で書いたことだが、私は「どこどこの国の人が好き」という勝手な妄想で外国人と友達になりたいと思う人には感心しない。

また、

「自国ではモテないダメな自分でも、どこどこの国の人なら自分を受け入れてくれる」

という勝手な期待で外国人と結婚したい(恋人になりたい)と思っている幼稚な人は心の底から軽蔑する。

そもそも人種や国籍で人を選別することは、このブログの理念に反することなので「日本人は何人(なにじん)からはモテる」などと言うことはできない。

とはいうものの、確かに特定の国の人からメッセージを送られてくることが多かったり、プロフィールの照会が多かったりすることは事実である。

これを「日本人だからモテる」と解釈できるのかは微妙なところではあるが、私の中では「ああ、この人は私が日本人だからメッセージを送ってきたな」とは感じることはある。

ちなみに、これには男女で違う傾向があると思われる。

だから、私が把握しているのはあくまでも「日本人男性」に対する興味であって、「日本人女性」の場合は違ってくるだろう。

こんな時に女友達がいれば、試しにアカウントを作ってもらって、その傾向を掴むことができるが、残念ながら私にはその役割を担ってくれそうな人はいない。

また「私に対して『日本人女性を紹介してください!!』と頼み込んだ国の人の数で、その傾向を掴むことができるかも」と考えて調べてみたが、合計で5人ほどしかいなかったので、傾向と呼ぶには十分な数とは言えない。

・その国の人からモテてもうれしくない?

「日本人はあそこの国では人気がある」というようなことを公開することはできない。

だが、これは不特定多数の人が閲覧しているブログでの話であって、職場の同僚との雑談の中では、私がこれまでの経験で把握したことを話すことはある。

のだが、

同僚:「俺も外国人と付き合いたいから英語の勉強でもしようかなあ~。日本人ってどこの国で人気があるの?」

はやかわ:「そうですね。私がペンパルサイトを使ってみた感想としては、〇〇やXXといった国の人からメッセージが送られてくることが多かったです。それから△△の国の人からは『日本人女性と結婚したいから相手を紹介してほしい』ということを言われることが多いです。」

同僚:「えー!? そんな国の人にモテてもうれしくないなあ…。やっぱり外国人と言えばアメリカとかヨーロッパの人じゃないと…」

はやかわ:「・・・」

そうなのである。

こんな反応があるから「日本人はどこどこの国の人からモテる」と言いたくないのである。

彼らの頭の中は(男女問わずに)

「外国人=白人様」

であるため、「それ以外の国の人はお断り」なのである。

彼らがモテない理由がよく分かる。

自分は「モテたい」、「外国人の恋人がほしい」と言いながら、見事なまでの差別意識である。

この発言には彼らの「日本人からモテないので、そんな自分でも受け入れてくれる外国人と付き合いたい。あ、だけど、あそこの国の人はお断りします。」という現実逃避がくっきりと表れている。

こんな人たちには、人を愛する資格も愛される資格もない。

・モテる人は幸せなのか?

さて、「人種や国籍で人を選別することは、このブログの理念に反することなので『何人(なにじん)からはモテる』などと言うことはできません」と言いながらも、こんな記事を書いた理由は「日本人はどこどこの国の人からはモテる」のかを紹介したいからではなく、「そもそも『モテる』ということは良いことなのか?」について考えてみたかったからである。

確かに人から好かれて悪い気はしない。

しかし、

モテる人は自分に好意を持ってくれている人に対して、一人ひとり誠意を持って接しているのか?

本当にそんなことができるのだろうか?

そんなことを考えていると、数ヶ月前にこんなツイート(※)を見つけた。

有名になりたい人へ 有名になるって、「好きな人に好かれる事じゃなくて、全然、好きじゃない人に好かれる事」です

「いや、来てほしいのは、あなたじゃない!」、というストレスを抱える覚悟がないと、有名になっても鬱になる。 時々、美男美女の芸能人がヤバい犯罪しちゃうのは、そのストレスが原因だ

私がいいたかったことはまさにこれである。

人間はどうしても都合のいいことばかり考えてしまう。

「モテる」という言葉には、無条件に自分が来てほしい人たちに囲まれるというようなイメージがある。

しかし、実際のところ、「モテる」とか「人気がある」ということは自分にとっては迷惑な人からも好かれるということである。

ブログのタイトルを変更したという記事の中で「世界と繋がろう」というタイトルも検討したが、この考えと同じく「大多数の人と繋がることが果たしていいことなのか?」と思ったため、最終的に「世界の誰かと繋がろう」というトーンダウンした表現に落ち着いた。(注:現在のブログ名は変更

そう。

繋がるのはあくまでも「誰か」でいいのである。

オンラインのコミュニケーションでは世界中の人と繋がることができるが、何百もの人と繋がる必要はない。

そんなにたくさんの人と繋がろうとしても、それこそ「来てほしくない人」にも好かれることになるので幸せになれない。

だから、

「人気者になりたい!!」

「多くの人から評価されたい!!」

とは思わずに、本当に仲良くできる数人と関係を深めた方が遥かに幸せになれると思う。

最後に「どこの国の人なら『日本人だから』という理由で好意を持ってくれている人が多いのか?」を知りたくて、ここまで記事を読んでくれていた人に向けたコメントを書かせてもらいたい。

過去の記事で書いたことと重複するが)「日本人だから」という理由でひいき目に見てくれる人がいることは事実だが、そういう人は「日本人として」のあなたに興味があるわけであって、「あなたという人間」に興味があるわけではないことが多い。

だから、すぐに飽きられて長期的な関係を築くことは難しい。

「日本人だからモテる=下駄を履かせてもらっている」

これは事実だが、それは「自分にとって来てほしくない人からも声をかけられる」ということを常に頭に入れておいてもらいたい。

(※)名言だと思ったのですぐに内容をコピーしたが、発信者の記録を忘れていた。これは「自分がつぶやいたものだ」という方がこの記事をご覧になられたら、こちらよりご連絡ください。確認が取れ次第すぐにお名前を記載いたします。