「失業」の基準は会社を解雇されることでなく、仕事を失うことにするべき

先日、この記事を読んで、なんともいたたまれない気持ちになった。

https://www3.nhk.or.jp/news/html/20201113/k10012709621000.html

新型コロナウイルスの影響で居酒屋が閉店し、従業員の女性が失業。

しかし、ハローワークに届け出た書類では、女性の退職理由が「自己都合」となっていたため、失業給付が出ない。

彼女は大学生の子ども2人を育てるシングルマザーであり、居酒屋チェーンの店舗で週5日間、フルタイムのパートとして働いていたが、感染拡大の影響で今年7月末に店が閉まり、退職を余儀なくされた。

女性は、勤めていた店が閉店する時、居酒屋チェーンの運営会社から別の店舗での勤務を打診された。

しかし、自宅から遠い上に、シフトがこれまでより大幅に減ると説明された。

彼女は自分の給与で家族を養っているため、フルタイムで働けないと厳しいと会社側に伝えた。

すると、「一身上の都合で辞める」と書いた退職届を出すよう、求められたらしい。

「会社都合」で仕事を失った場合と、「自己都合」で退職した場合とでは、その後に大きな違いがある。

「会社都合」の場合は、過去1年間に半年以上、雇用保険に加入していれば受給資格がある。

一方、「自己都合」では過去2年間に1年以上、加入している必要があり、支給期間も「会社都合」の場合は、原則、年齢などに応じて90日から最大で330日だが、「自己都合」では、最大でも150日と短い。

今回のケースは、会社としては他店舗への転勤を打診されて、彼女がその提案を断っているが、明らかに企業側の都合による失業のように思える。

にもかかわらず、企業側は頑なに会社都合の解雇を認めず、自己都合で退職させられている。

・雇い主が自己都合退職にこだわる理由

実はこのように、不本意ながら自己都合で辞めさせられるという話は珍しくない。

雇用調整助成金という制度がある。

失業者の数を増やさないために、仕事がなくても従業員を雇い続けた会社には助成金を出すという制度であるが、会社都合で従業員を解雇すると助成率が低下する。

私の推測だが、今回もこの助成金が関わっているのではないだろうか?

雇用調整助成金は1970年代に石油ショックによる不況が訪れた時に、失業者を出さないために設けられた制度である。

その頃から、雇用の維持が企業の義務と考えられるようになった。

解雇はあくまでも最終手段であり、その前に配置転換や新卒採用の凍結などで極力雇用を維持する。

最近のニュースではこんな例がある。

https://mainichi.jp/articles/20201126/k00/00m/020/037000c

この記事だけでは詳細は分からないが、日本航空のグループ会社で働いていた従業員が、おそらく飛行機に関わる仕事をしていたものの、人員余剰となり、関連会社の食品工場で働くことになったのだろう。

このように、これまでとは全く違う職場に配置換えをしてでも、雇用は守ることは企業の義務と考えられている。

・絶対に従業員を解雇しない会社は「良い会社」なのか?

しかし、「なにがなんでも社員をクビにしないぞ!!」という良心的な会社ばかりではないことは皆さんもご存じだろう。

使えない社員がいても、会社都合の解雇を避けるために、自宅から通えないような遠隔地への転勤を命じて、自分から辞めるように追い込んだり、徹底的にいじめたり、仕事を与えないことで、あくまでも自分から辞めたという体裁を取り繕う会社も数多くある。

当然、そこで自分から「辞めます」と言ってしまうと、会社の思惑通り、「自己都合による退職」となってしまう。

ここで疑問がある。

なにがなんでも解雇を避けるということは本当に良いことなのか?

もちろん、経営側や上司の気まぐれで解雇されることは許されないにしても、「仕事がないから、これ以上雇い続けることはできません」と言って、解雇することは本当に悪いことなのだろうか?

自分から辞めると言わせるための嫌がらせではなく、解雇を回避するために、「ここなら仕事がある」と見つけた場所が、本当に遠隔地だった場合は「転勤を受け入れるか、辞めるか選んでください。辞めた場合は自己都合ということになりますけど…」という選択肢を突き付けて自己責任とすることの方が酷ではないのか?

人によっては「それでもいいから会社に残りたい!!」という人もいるだろうが、最初の記事で登場したシングルマザーのような人は、仕事がなくなった時点で解雇して、すぐにでも失業保険を受け取って、近くで働ける仕事を探す方が本人のためではないのか?

解雇を避けるための配置転換が、会社都合による解雇を避けるための抜け穴となるとは何とも皮肉なことではないのか。

解雇権の濫用ならぬ、解雇回避努力義務の濫用である。

・「外国では簡単に解雇できる」というけれど…

解雇問題を語る上でどうしても言っておきたいことがある。

この手の話題となると

「日本の正社員は守られ過ぎ!!」

「海外では仕事ができない社員はすぐにクビになるのが当然だよ!!」

と信じている人がいる。

アメリカにせよ、ヨーロッパにせよ、新卒採用で入社した会社で定年まで働き続ける「終身雇用」という考えはなく、仕事が無くなればクビになる「整理解雇」は合法として認められている。

ただし、誤解してはいけない。

これは、「その人が担当している仕事がなくなった場合は解雇することを認める」と言っているのであって、「経営側の都合でいつでも・どこでも・誰でも自由に解雇してもいい」というわけではない。

逆に仕事がなくならない限りは、その仕事に就くことが保障される職務保有権(job tenure)は尊重される。

たとえば、合理化の一環で、ある事業所で経理の仕事がなくなったとしよう。

すると、会社はそこで経理の仕事に従事していた人たちを解雇することはできる。

ただし、「経理課の人たちはみんな能力があって、いい人だし、若くて将来が期待できるからどうしても会社に残したい!!」という身勝手から、総務や営業のような別の部署の使えない社員をクビにして、空いたポストに彼らを異動させるというような経営側の一方的な事情による解雇者の選定は許されない。

それは総務や営業の仕事をしている人の職務保有権を侵害するからである。

また、日本の就職氷河期世代の悲劇として語られているような、「今働いている人の雇用を守るため、新卒採用は凍結する」ことは当然のことだとみなされる。

このように欧米は解雇規制は緩くても、この職務保有権にはいたって厳格である。

また、この記事で紹介した通り、工場のように多くの従業員が同じ仕事を行っている職場で人員整理を行う際は、新しく入った順に解雇されることになり、最後にクビになるのは、最も長くその仕事に就いていた従業員になる。

これも職務保有権が尊重された結果から生まれるものである。

ちなみに、整理解雇ではなく、能力不足、つまり、給料に見合った仕事をこなせていないと判断された場合の解雇は認められるが、「果たすべき職責や、何をもって能力不足と判断するのか」の基準は、働く前に明示される必要があり、「あなたは何年目の社員だから、もうこれくらいのことはできないとダメですよ」というように上司や経営者の都合で好き勝手設定することは認められない。

また、「事前に定められた職責を果たしているか?」という基準以外では、管理職でもない従業員に対して、査定をすることも許されない。

これは悪意を持った恣意的な運用から従業員を守るためである。

当然、わざと達成不可能な目標(ノルマ)を押し付けたり、低い評価をつけて、嫌いな従業員をクビにすることは不可能である。

・雇用の保障よりも職務保有権の確立を

私は日本も雇用の保障よりも、職務保有権の確立を目指すべきだと考えている。

仕事がなくなったことにより、その職に就いていた従業員を解雇することは認めるべきだが、会社の都合により、当初の契約から勤務地、職種、勤務時間を変更せざるを得なくなった場合は本人がその申し出を断っても、「会社都合での失業」とみなすべきである。

なぜなら、仕事がなくなるのなら、それは本人の責任ではなく、「失業」以外の何物でもないからである。

今のように、「配置転換をしてでも雇用を守れ!!」と主張しても、悪意を持った異動でなくとも、今の生活を続けることが困難だと考える人は結局自己都合で辞めるしかなくなる。

その結果、失業保険を受け取ることが出来ないなどの支障が出るのなら、雇用の保障は諦める方が無難である。(もっとも、私は「雇用の保障」など最初から信じていないが…)

しかし、私は「整理解雇を認めろ」と主張しているのであり、「企業にいつ・どこで・誰を解雇するのかを自由に決める権利を与えろ」とは言っていない。

また、「恣意的な能力不足」による解雇をでっち上げるために、従業員のことを好き勝手評価する査定も認めるべきではない。

もちろん、養うべき家族がいるから、「どこへ飛ばされようが、どんな仕事に就くことになろうが、仕事を続ける覚悟があるのだから、絶対に譲れないのは雇用の保障の方である」と考える人がいることは分かっている。

しかし、先のシングルマザーのような人も雇用保険を払っているわけだから、特定の形態の労働者だけを念頭に置いた運用は改めるべきだと私は思う。

スポンサーリンク