「年功序列」の定義は人によって全然違う

多くの読者はご存じだろうが、日本社会には「年功序列」という概念がある。

働いた経験のある人なら、一度はこの言葉を聞いたことがあり、ほとんどの人が何らかの考えを持っていることだろう。

しかし、私は最近、あることに気付いた。

「年功序列」という考え方は実のところ、人(または社会)によってバラバラであり、各々が自分に好ましい概念を「年功序列」と呼んでいるのではないか?

と。

・一般的な「年功序列」の定義とは?

先ずwikipediaで「年功序列」という言葉の意味について確認してみよう。(※:内容は本記事を書いた20202月時点から改訂されている場合もあります)

見出しの説明文では

年功序列(ねんこうじょれつ)とは、官公庁や企業などにおいて勤続年数、年齢などに応じて役職や賃金を上昇させる人事制度・慣習のシステム。

と説明してある。

「年齢などに応じて」の意味はおそらく年齢だけでなく「勤続年数」も含まれていると思われる。

このように「年齢」を基準にするか、それとも「勤続年数」に重きを置くのかの違いあるが、実質、「成果や能力に関係なく、長く働いているご褒美として出世できる」と考えていいだろう。

これが広く行き渡っている「年功序列」という考え方であると思われ、私もこのように考えてきた。

このような「年功序列」の考えには賛否両論ある。

賛成する人の意見:

・年齢や勤続年数で評価されるのだから、真面目に頑張れば誰もが昇進できる。

・人生設計がしやすい

反対する人の意見:

・能力の高い若年者が正当な報酬を得られないため、やる気が出なくなる。

・何もせずにただ会社に居続ける人が不当に高い給料を受け取ることになる。

大体こんなところだろう。

・年齢に基づく序列は尊重するが、「年功序列」制度には反対という不思議

ここで、「年功序列」に対する私の立場を表明させていただきたい。

私はこのような「年功序列」に基づいて、昇給や昇進を行う制度には反対である。

まず、この制度では学校卒業後に新卒の正社員として入社する人しか想定していない。

そのため、中途採用や定年以外の退職は(良い・悪いの問題ではなく)全く念頭に置いていない。

「これこそが、唯一絶対で、普遍的で、穢れがない真っ当な社会人だ!!」とでも言っていそうな、排他的で薄気味悪い気配がプンプン漂う。

この生理的な嫌悪感が一点目。

それから、一見、好ましいような年齢(もしくは勤続年数)に基づいた昇進が、本当に労働者にとってありがたいことなのかも疑わしい。

長年、現場の仕事に従事してきて、確かな技能を持ち、その仕事にやりがいを感じている人に対して、「長年の苦労に報いる」と称して、適性があるかどうかも分からないマネージャーや指導者の職務に昇進させることが本人の幸せにつながるのか?

何十年も現場の仕事を頑張ってきた従業員をねぎらいたいのなら、(本人が希望すればの話だが)ずっとその職種で働かせてあげて、給料だけを上げればいいのではないのか?

年齢に関係なく、適材適所で人員を配置する方がよっぽど効率的だと思うのだが…

私はこのような考えで、年齢や勤続年数に基づいて昇進させる「年功序列」の制度には反対している。

しかし、私は全く逆に新自由主義(ネオ・リベラリズム)的な

「年齢や何年仕事を続けてきたなど関係なく、徹底した能力主義を取り入れるべきだ!!」

「年長者でも、力のない者は職場を去れ!!」

と主張しているわけではない。

それどころか、ある意味、「年功序列」を主張する人よりも年功序列の精神を重んじると自負している。

これはどういう意味か?

・年下の「先輩」という違和感

そもそも、私は「年功序列」という言葉の「年」という文字は「年齢」なのか、それとも「勤続年数」なのかによって、意味が大きくことなると考えている。

具体的な話をすると、私はかつて1年間で10人以上従業員の出入りがあった会社で働いていたことがある。

私がそこで働き出して2ヶ月過ぎた頃から新しい従業員が次々とやってきた。

その時に入社した人の多くはすでに子どもが成人しているような年齢のパートの女性だった。

彼女らは、たかが数ヶ月とはいえ、先に入社した私を「早川さん」と呼び、敬語で喋っていた。

私は当初、入ったばかりで私のことも会社のこともよく知らないのだから、こんな接し方をしているだけで、1ヶ月も経てば、私に対する振る舞いも、他の先輩と同様にタメ口で「早川くん」呼びへと変わるだろうと予想していた。

自分の子どもと同じような年のガキに、そんな態度で接し続けるなど耐えられるはずがない。

だが、どうも様子が違った。

その後に入った人たちも、同様に私よりも遥かに年上だったにもかかわらず、私のことを「早川さん」と呼んでいた。

私は自分の母親よりも高齢だと思われる人たちから、このような扱いを受けることに困惑して一度、工場長に相談したことがある。

すると、彼から

「それは君の方が若いとはいえ『先輩』なのだから当たり前だよ。もし俺が、自分よりも年上とは言え、自分よりも後に入った後輩からタメ口で喋られたら張り倒すよ。長く働いている人の方が立場が上という『年功序列』って言葉を知らなかったの?」

と言われた。

え!?

年下なのに先輩!?

私はこれまで、役職や勤続年数に関係なく、年上の人が「先輩」と呼ばれるのだと思っていた。(もちろん、私は自分が後から入社した50代の人たちの「先輩」だと思ったことなど一度もなかった。)

年齢によって(役職だけでなく、先輩・後輩の力関係も含めた)序列が決まるのだから、それこそが「年功序列」だと思っていた。

しかし、私はこの時、初めて「年功序列」の「年」とは「年齢」ではなく「勤続年数」のことだと考えている人がいることを知った。

とは言っても、私はその「勤続年数が上だから『先輩』」と呼ばれる関係にずっと居心地の悪さを感じていたし、自分の方が若いとはいえ先に入社した先輩なのだから、年上の人にタメ口で命令することなどできなかった。

なぜだろうか?

それは私が役職や勤続年数に関係なく「年齢」を重んじている「年功序列主義者」だからである。

だから、先に入社したり、役職が上だったとしても、年上の人を罵倒して、手荒くコキ使うなどできるはずがないのである。

ちなみに、たとえ自分が無関係でも「自分の方が先に入社したから」という(勤続年数に基づいた「年功序列」による)理由だけで、年上の人を汚い言葉で罵る人間へは嫌悪感を持っている。

それは私の考える「年功序列」の精神に反することであるし、そもそも、そういう人間の大多数は職場の権力者の腰巾着で、強い立場の人から可愛がられていることを自分の実力だと勘違いしているだけであることが多いからである。

このように、「年功序列」の「年」とは「年齢」のことなのか、それとも「勤続年数」のことなのかによって、対立が生じるのである。

・年功序列の「報い」とは?

「年功序列」の「年」という意味をどのように捉えるかによって全く異なる考えが生まれることはお分かりいただけたと思う。

しかし、「年」だけではなく「序列」という言葉をどのように解釈するかに置いてもまた対立が生じる。

先ずは簡単に考えてみよう。

「年功序列」とは(基準が年齢か、勤続年数かの争点はあるにせよ)長年の功績に対して特権的な報いを与えるものだと認識して間違いないだろう。

それでは「報い」とは何か?

先ほど引用したwikipediaの定義では「役職や賃金を上昇させること」になる。

このような考えは諸外国ではお目にかかれない日本独自の習慣である。

ただし、海外に「年功序列」という考え方が存在しないわけではない。

「年功序列」を英語に訳すると「seniority system」になるが、外国人に向けてこの単語を使っても、彼らが「長年の功績に報いて賃金や地位を引き上げる」という「日本的な年功序列」の考えをイメージすることは難しい。

なぜなら、海外ではseniority system(またはseniority rule)とは「年功序列」の意味になるが、彼らにとって長年の「報い」として与えられるものは昇給や昇進ではなく、雇用の継続であるからである。

有名な話だが、海外には、アメリカにせよ、ヨーロッパにせよ「layoff」という制度がある。

これは景気悪化で仕事がなくなり、人員過剰になると、従業員を解雇することで不景気を乗り切ろうとする制度のことである。

日本人にとっては馴染みがないためか、「会社を守るために従業員を解雇するなんて酷い!!」と感じる人が多いだろうが、実はこれ大変面倒な制度なのである。

なぜなら、「解雇が合法」とは言っても、「誰を解雇するか」については経営側が好き勝手に選別できるわけではないからである。

会社都合によるlayoffを行う場合は、アメリカでは労働組合との労働協約によって、ヨーロッパでは法律に基づいて、新しく入社した従業員から順番にクビにしなければならない。

同じ職場で働き続ければ、会社の都合で解雇が行われる場合に優先的に保護される先任権制度が、先ほど出てきたseniority systemつまり「年功序列」的な考え方である。

・「どうしても若い子を残したい」は会社のわがままだからダメ

仮に仕事がなくなって、今まで2人で担当していた業務を1人で行うことになり、1人を解雇することになった場合を考えてみよう。

・担当者A

勤続20年の50代。

長年の経験はあるが、特に「この人にしかできない!!」というような技能があるわけではない。

やる気もあまりなく、基本は指示がなければ動かない「指示待ち人間」である。

そして、学歴は高卒である。

・担当者B

勤続2年の20代。

大学を優秀な成績で卒業し、若いとはいえ、知識が豊富で機転も効き、仕事に対する情熱も持っている。

そして、素直で明るい性格であり、職場の先輩たちにも可愛がられている。

リストラ対象者がこの2人となった場合はどちらを切って、どちらを残したいと思うかは一目瞭然である。

ただし、海外版の「年功序列」の制度では、若い方(B)を解雇しなければならない。

「リストラしなければいけないけど、この人はウチの会社にどうしても必要だから、この人だけは残したい!!」

という主張は企業のわがままだからダメ。

そう考えてみると、日本のように「長年働いたのだから、賃金や報酬を引き上げろ!!」と言いながら、リストラが始まったら、年功賃金のおかげで高給取りになった中高年が真っ先に切り捨てられることの、「どこが『年功序列』やねん!?」とツッコミを入れたくなる。

このように「年功序列」という言葉の「序列」の意味も解釈によって全く異なることが分かる。

この「年功序列」という働き方に賛成するのか、反対するのかは、「何を『年功序列』と考えるのか?」を確認していないと、話が全く噛み合わなくなってしまう。

余談だが、最後に面白い話をしたい。

私はよくこのブログで上京前のバイト先が、「正社員として働いても年功序列も終身雇用もない会社だった」という話をしている。

ある日、社長が私の働いていた職場にやって来て、別の店舗で働いているパートの女性があまりにも横暴な振る舞いをするため、「その店舗で働いている真面目なパートさんをここに転勤させてくれないか」と店長に相談したことがあった。

その話を聞いていた私の同僚が会話に加わり、社長との間でこんなやり取りがあった。

同僚:「そんなに態度が悪いのなら、その人をクビにすればいいじゃないですか?」

社長:「その人は勤続15年で、この会社では最古参のパートだから、クビにできない」

これを聞いた、私は「なんでボーナスも退職金もない会社なのに、そんなどうでもいいことに関してだけは従業員の権利を尊重しているんだよ!?」と突っ込みたくなったが、「あの会社は海外版の「年功序列」を採用していたのか」と今になって納得したのであった。

・今日の推薦本

若者と労働 「入社」の仕組みから解きほぐす

濱口 桂一郎(著) 中公新書ラクレ

日本と諸外国の働き方の違いや、労働市場では若者がどのような存在なのかを分かりやすく教えてくれる本。

この記事では海外版「年功序列」であるseniority systemの参考に用いただけだが、「ジョブ型」、「メンバーシップ型」という雇用形態の説明はとても納得できるものであり、今後、別の記事でも登場すると思われる。(追記:この記事で登場)

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