お偉いさんの新年度の挨拶はリーダーとしての器を見極める絶好のチャンス

あと2週間で2024年度も終了し、2025年度が始まる。

というわけで、新年度のスタートである41日の午前中は、会社の偉い人が1時間ほど従業員を集めて、新年度の抱負や目標を語ることが恒例行事となっている会社も少なくないだろう。

私の過去の勤め先にもそのような会社は多くあったのだが…

私はこの時間が嫌で仕方なかった。

毎年似たような話を聞かされるだけで、新しい刺激や学びがあるわけでもない。

全員が揃ってその場にいなければならず、破廉恥な輩には立って話を聞くことも強制された。

その間は否応なしに仕事を中断せざるを得ない。

新入社員向けの研修ならまだしも、新年度初日ということで業務が立て込んでいる朝の貴重な時間を1時間も奪われるのは痛い。

目の前には山積みの仕事があるし、我々底辺にはどうでもいい経営陣の壮大な目標など語られたところで、日々の業務の何かが変わるわけでも、負担が減るわけでもなく、むしろ、またこいつらの思い付きによって、また無駄な業務が増えるのではないかという不安すらよぎる。

しかも、大変皮肉なことに、そこで「新しいチャレンジをしよう」「成長を目指そう」など、綺麗な言葉を並べる会社ほど恐ろしい程、書類文化やダラダラ会議を改めようとしない保守的(というか「保身的」)だったりする。

だからこそ、話の内容が毎年変わらないのだろう。

その場では真剣な顔をして聞いているフリをするが、心の中では「早く終わってくれ」と何度も願っている人が大半だ。

本当に会社のことを考えているのなら、そんな余計な事をしないで、仕事をやらせてほしい。

どうしても周知が必要なら、メールで要点を送るだけで十分である。

「メールで連絡しても、読まない人がいるじゃないか?」

と言う奴もいるかもしれないが、メールすら読まない人が、大勢いる中でそんな長々とした話を聞くわけがない。

こうして、新年度の初日からやる気を削がれる人が大勢現れるのであろう。

新年度の挨拶など百害あって一利なしだ。

・こんな言葉だったら絶対に忘れない

昨年までそのように考えていたのだが、最近ふとこんなことを思った。

「こういう退屈な場面で印象に残る話ができる人ほど、人の心を掴めるリーダーと言えるのではないか?」

つまり、ダラダラと退屈な長話を聞かされるだけの新年度の挨拶は、偉い人の説教ではなく、逆に彼らのリーダーとしての器を見極める絶好の場なのだと。(リーダーの人にとっては、逆に示す場)

「皆さんは責任を取ったり、会社の業績向上を考える必要は一切ありません」

「それは我々経営者の仕事だからです」

「だから、皆さんはご自分の仕事を精一杯頑張ってください!!」

「それでは皆さんが仕事に戻れるよう、これにて終了させて頂きます!!」

「きっと長々とした自慢話や説教が始まるだろうな」とウンザリしている時に、こんな言葉をかけてくれる人がいたら、「なんて素晴らしい人なんだ!!」と心酔する人が続出するのは間違いない。

または、「私は本当にこの会社の製品が好きなんですよ!!」と消費者目線で自社が供給する製品やサービスがいかに素晴らしいかを数十分に渡って力説して、最後に「皆さんはこのように人を感動させられるのですから、誇りを持ってご自身の仕事に励んでください」と〆ることで、日々供給者に携わっている従業員を鼓舞するとか。

後者は私のオリジナルではなく、以前こちらの記事で紹介した『「空気」と「世間」』という本の中で触れられている当時文化庁長官だった河合隼雄氏が「日本劇団協議会10周年記念総会」に政府代表として祝辞の挨拶をした時のエピソードから着想を得ている。

その他にも、お笑い路線で記憶に残る挨拶が出来る人物もなかなかの器であると言える。

素晴らしいリーダーは退屈な挨拶の場ですら、従業員の心を掌握する場に変えてしまうのだ。

「社会人に必要だ」と言われている「コミュニケーション能力」というのは、こうして人の心を掴むことが出来る話術のことを言うんでしょうね。

目上の人に対するコミュニケーション能力については、些細な態度や、声のトーンといったことにしつこく口出しするクセに、立場が上の人が相手だと、突然この言葉を封印する不思議な人もいますけど…()

・新年度早々サボタージュ宣言するポンコツ

ここまでは、素敵な言葉によって従業員の心を掴む人の話をしてきたが、「退屈」や「時間の無駄」をブチ超えて、自らリーダーに値しないことを晒す最低の発言が飛び出すこともある。

それは…

「従業員の皆さんも経営者目線で働いてください」

である。

全従業員が経営者目線で働くのであれば、「貴方の仕事は不要になるのではないか?」と言いたくなる。

その人物が存在だけで大物芸能人やプロスポーツ選手級の広告塔としての価値があるというのであれば、会社の金で他社のお偉いさんと高級レストランに入り浸ったり、ゴルフに勤しむ様子も宣伝費と割り切れるだろうが、そうでなければただの寄生虫である。

ここまで仕事をする気がないと宣言している人物に高い報酬を支払うことは社会的犯罪であり、企業にとってもマイナスでしかなく。

そんなバカは株主総会で責任を追及して更迭すべきである。

こうすることが「会社のため」であるし、これぞまさしく「経営者目線の意見」と言えるだろう。

利益やコストカットについては真剣に取り組む一方で、仕事をする気がない経営者の存在は絶対に脅かさないとは、随分と(会社ではなく、自分にとって)都合が良い経営者でありお笑いである。

経営者が「従業員も経営者目線で~」と公の場で発言するのは、それほど重大な失言なのだ。

そんな人物が役職に就いているような会社に未来などあるはずもなく、その泥船からはすぐに逃げ出した方が良い。

もっとも、「新年度の挨拶などどうでもいいから、そうした暇人に適当にやらせとけ!」と戦力外の人物に押し付けている可能性もあるが…

こうして考えると、それまでは退屈でしかなかった新年度の挨拶も新たな発見を得られる場として、有意義なものになるだろう。

スポンサーリンク