
前回の記事では、入社して間もない人が「仕事を辞めたい」と思う理由について考えた。
仕事内容が難しい、人間関係に馴染めないといったことから「この仕事は自分に合わない」と感じることは、入社直後ならよくあるし、それが理由で早期退職するのは仕方がないと感じてしまうことも少なくない。
しかし、仕事を覚えていけば作業は楽になるかもしれないし、時間が経てば職場の人との関係も変わってくるかもしれない。
一方で、通勤時の混雑や職場のトイレ、落ち着いて休憩できない環境などは、自分が仕事を覚えたからといって簡単に解決するものではない。
しかも、そのようなことは面接で判断できないことが多い。
他人から見れば、「え、そんなことで…」と呆れる理由でも、そうした今後も変わることがない不満の方が、意外と早期退職を誘発する可能性がある。
今回も同じように、他人から見れば些細に思えても、本人にとっては「この会社では仕事を続けられない」と感じるほど深刻な問題になる話をしたい。
・怖くて分からないことを質問できない

新しい職場で働き始めると、ほとんどの職場では、上司や先輩が一通り仕事の説明をする。
そのための資料が用意されていることも珍しくない。
しかし、実際に自分で仕事を始めてみると、当然ながら分からないことが出てくる。
新人なのだから、これは当たり前のことである。
ところが、そこで質問した際に、
「さっき教えたでしょう?」
「すでに説明したじゃないですか?」
「それ、マニュアルに書いてあります」
「研修で説明しましたけど、聞いてなかったんですか?」
といった言葉を返されることがある。
教える側からすれば、「ちゃんと説明したのだから、もう分かっているはずだ」という感覚なのかもしれない。
だが、教わる側からすると、「一度説明を受けただけで、実際の仕事まで完璧に理解できるわけではない」と思うだろう。
むしろ、実際に仕事をやってみたからこそ、新しい疑問が出てくるのである。
研修で説明を聞いているときには理解したつもりでも、自分で操作してみると分からない。
マニュアルを読んだ時には理解できたつもりでも、実際のケースに当てはめると判断に迷う。
これは新人に限った話ではない。
新しい仕事を始めれば、誰でも多少は経験することである。
ところが、ただでさえ不安な就労間もない時期に、質問する度に「前に教えた」と言われると、次第に質問すること自体が怖くなってくる。
「また聞いたら怒られるかもしれない…」
「こんなことも分からないのかと思われるかもしれない…」
「前に説明されたことを覚えていないと思われたくない…」
そう考えるようになれば、当然、分からないことを聞かなくなる。
しかし、質問しなければ仕事は覚えられない。
そんな時は「少しでも自分で頑張って調べた」かのような姿を装うために、「○○の資料を一通り確認したんですけど、見当たらなくて…」という言葉を含んで質問したら、相手も納得する可能性が高い。
だが、そんなアリバイを確保するためには、必要以上に時間がかかるし、途方もなく無駄な時間と労力を消費する。
そして、いよいよ一人で仕事を任される段階になった時、「この状態で一人でやったら、いつか大きなミスをするのではないか…」という不安が出てくる。
丁寧に仕事を教えてくれない人ほど、質問せずに独自の判断で失敗した時は「なんで聞かなかったんだ!!」と激怒することは読者の皆様もよくご存じだと思う。
このような不安に満ちた状況では「この会社では仕事を覚えられないし、本格的に仕事を任されたら、絶対にトラブルを起こすから、その前に辞めよう…」と考えてしまうことは自然だろう。
このようなケースの退職理由はズバリ…
「分からないことを質問できる雰囲気ではなかった」
となる。
他人がそれを聞くと、実にバカバカしいと感じるかもしれない。
しかし、これは単に「質問しづらくて居心地が悪い」という話ではない。
仕事を覚えるために必要な行動ができない深刻な問題なのである。
・「教える側の頑張り」と「相手が身につけた量」は一致しない

求人情報には、こんなことが書かれていることが少なくない。
「マニュアル完備です!」
「丁寧な研修があります♪」
このような職場で働けば、未経験でも安心して働けるかもしれない。
そんなことを思ってしまうかもしれないが、注意すべき点がある。
それは、この言葉はあくまでも「教える側の視点」で書かれているということである。
「マニュアルがあります」というのは「必要な情報を用意しています」という会社側からの説明である。
「丁寧な研修があります」という自己申告も「私たちはきちんと説明します」という会社側からの自己認識である。
その言葉は、「分からないことを何度でも質問できます」、「実際に仕事をやってみて疑問が出たら教えてもらえます」という意味と同じではない。
極端な話、分厚いマニュアルを渡して、何時間もかけて一度だけ説明すれば、「マニュアル完備」と「丁寧な研修」という条件自体は満たせてしまう。
だが、新人がその後に質問したところ、
「マニュアルを見てください」
「研修で説明しました」
と言われるのであれば、果たして新人にとって「安心して働ける職場」と言えるのだろうか。
むしろ、細かいマニュアルや、びっしりと研修を時間を設けることが、「私たちはしっかりと教育体制を整えました」という免罪符になり、「自分たちはこれだけ努力したのだから、分からないことは本人が悪い」という自己責任思考を正当化しているように思える。
「アットホームな職場です♪」というフレーズは、今や完全にブラック企業を表す常套句とみなされるようになった。
「マニュアル完備」や「丁寧な研修があります」という誘い文句も、そのうち、求職者の間で地雷マークとして認識されるようになるかもしれない。
もちろん、マニュアルを完備したり、丁寧な研修があることは、全く悪いことではない。
本当に重要なのは、研修の前半ではなく、その後の方である。
実際に仕事を始めた後、分からないことは質問できる。
同じことをもう一度聞いても嫌な顔をしない。
仕事を覚えるまで、長い期間をかけて、じっくりとこのようなフォローしてこそ初めて、「丁寧に教える職場」と言えるだろう。
・イチハラとマニュハラ

組織ぐるみで「分からないことに対して、手取足取り教えていたら、本人が自分の力で解決しようとせずに甘え癖が付くから、事前に説明したことは、必ずそのことを指摘する」というバカな方針を掲げている会社もあるかもしれない。
だが、そうした明確な方針ではなく、本人がすぐに口走ってしまうこともあるだろう。
私はそのような人を見ると、主に以下の3つのことを考えてしまう。
-
この人は性格が悪いな。
-
この人は「自分が教えていない」と周囲に思われたくないんだな。
- この人はじっくりと仕事を教える時間がないくらい仕事をたくさん抱え込んでいるんだな。
1.は生粋のパワハラ体質である。
2.の場合は、相手への怒りではなく、本人の保身のための発言である。
客観的に見れば、「なんでわざわざそんなことを言っているんだろう?」と思うが、おそらく、後々(もしくはその場にいる)上司から「なんで教えていないんだ!?」と執拗に責められることを回避するために言っているのだろう。
そんな姿から組織のブラック企業体質が浮かび上がって来る。
3.については、言わずもがな、慢性的な人手不足で、自分の仕事だけで手一杯であり、人に仕事を教える余裕がない。
どのコースを辿っても、結局は「あ、この会社はヤバいかも…」という危険信号へと繋がる(笑)
昨今、労働者の早期退職を防ぐためにいろいろと策を講じている会社は少なくない。
その一つとして、「昔のような『仕事は先輩を見て盗め!!』という教育ではなく、優しく丁寧に仕事を教える」ことに重点を置いている所もある。
ところが、前段の通り、「教える側の頑張り」と「教わった側の覚えた量」は一致しない。
残念なことだけど。
というわけで、いかに細かいマニュアルや、丁寧な研修の時間を設けるよりも、「分からないことをすぐに質問できる環境作り」を目指した方が、よっぽど効果的だと思う。
たとえば、「それは一度言いました!!」という発言は、「一度しか説明しないハラスメント」を略して「イチハラ」、「マニュアルに書いています」はマニュアルハラスメントを略して「マニュハラ」と称して、明確にハラスメントだと定めて禁止するとか。
もちろん、同じ説明を4,5回しても覚えない人は論外だが、実際の業務に入る前に一度説明しただけで理解できないことは珍しくない。
それだけで、教えた気になっているのは、「教える資格がない」と言えるだろう。









