暴走族追放のポスターから見える福岡県の危うい未来

少し前にこんなポスターを見かけた。

福岡県警察 暴走族等根絶ポスター (pref.fukuoka.jp)

福岡県警が暴走族検挙のために市民へ協力を求めるポスターで、暴走族がいかに迷惑で、ダサくて、カッコ悪いかを宣伝している。

ポスターに書かれている「人生という道に迷っている」、「大勢だと音出すくせに一台だとおとなしい」などのフレーズには概ね同意できて、最初は笑いながら見ていた。

歩きスマホを止められないバカ共とよく似ているし(笑)

しかし、あるフレーズがどうしても気になった。

それは「地元しか知らないのに地元最高」ということ。

彼らが地元を愛し、地元に残ってくれているのなら、それは喜ぶべきことではないのか?

・若年男性の流出が著しい福岡県

暴走行為という表現の仕方は間違っているものの、彼らが地元を愛して、住み続けているのだから、それの一体何が悪いのだろう?

私も初めて聞いた時は意外に感じたが、福岡県は20代の若年男性の転出者が非常に多い。

福岡県総合計画2022.indd (fukuoka.lg.jp)(6ページ参照)

理由はいろいろあるだろうが、間違いなく、「給料水準が低い」ということがあるだろう。

福岡は九州で一番の大都市というイメージがあり、たしかに九州他県と比べたら栄えている方だが、賃金水準は全国的に見れば平均以下で、決して高いとは言えない。

令和2年賃金構造基本統計調査 結果の概況 都道府県別

その結果、地元を見限って、東京、大阪などの大都市へ流出する人が多いことは容易に想像できる。

私の元同僚がまさにそうである。

彼は福岡県の出身で大学後に地元で就職したが、数年で退職し上京した。

同僚が彼に「福岡なら上京しなくても良い仕事がたくさんあるでしょう?」と聞いたところ、「それが実は、向こうの収入では…」と、就職口に恵まれなかったことを告白。

当時の彼の給与額が具体的にいくらなのかは知らないため、一概に比較はできないが、福岡市で同じ職種の正社員の求人を探してみると大体年収250280万円前後だった。

しかも、この求人は中途採用者向けなので、ある程度のキャリアを求められていると思われる。

もしも、ボーナス込みでこの金額なら、月給は東京の高卒新人と同じ水準ではないか?

「仕事の価値=給与額」とは限らないが、彼はとても優秀な人物だったので、その程度の金額でしか働けないのなら、それは本人にとっても、社会にとっても大きなマイナスだろう。

ただ、正社員の場合は昇給の可能性もあり、募集時の年収だけで比較できないこともあるため、参考までに派遣社員の時給で比較してみることにした。

当時、私たちが担っていた業務は、一般事務よりは少し専門性がある(と信じたい)仕事だったため、私の時給は1,800円だった。

エン派遣という全国的に派遣の求人を扱うサイトで、同じ条件で検索してみたところ、福岡では同じような仕事の時給が…

1,250円前後だった。

派遣の仕事を探すなら、エン派遣 (en-japan.com)

後々問題になりそうなので、具体名は出せないが、「田舎」というイメージがある北関東の某県の方がよっぽど高給である。

しかも、これは私の地元のように、電車が一時間に一本しか通らないような田舎の話ではなく、福岡市の話である。

九州一の都会である福岡市でさえ、この低水準なのだから驚きである。

私は東京の一極集中は問題であり、自分のことを棚に上げて、「上京などせずに地元で働くべき」だと思っているが、その数字を見せられたら、とてもではないが「地元で就職しろ」とは言えない。

同じ状況なら、私だって東京へ行くよ。

ましてや、進学や就職で経済的に豊かな地方へ移住する機会がある人ならなおさらであろう。

・エリート息子に期待した親の誤算

「九州で一番栄えている場所」というイメージに反して、福岡は就職先に恵まれているわけではない。

ポスターの製作に携わった人も「地元にはろくな就職先がないから、安定した公務員になりたい!!」と思って、身近な公務員採用試験を片っ端から受けた結果、たまたま合格した県警に就職した人もいるのではないか?

暴走行為は肯定できないが、彼らは流出著しい同世代と対照的に、地元に残ってくれている、地元愛に溢れた人々ではないのか?

しかも、彼らは前々回の記事で取り上げた、都会の大学へ出てホワイトカラーに就きたがる若者と違い、地元の生活に必要な肉体労働に従事してくれる可能性もある。

言い換えれば、今は出来が悪い問題児でも、金の卵なのだ。

現時点では、同年代で一生懸命勉強している高校生や大学生を模範生とみなし、「暴走族も彼らを見習え!!」と言いたくなるが、真面目に勉強しているものの、ゆくゆくは大都市へ移住する可能性が高い人たちより、今はやんちゃしている暴走族(ヤンキー)の方が、将来は地元を支えてくれるかもしれないのである。

ここで私が考えた架空の物語をしたい。

福岡県在住のAさん一家には、20歳と18歳の二人の息子がいます。

20歳の長男は2年前に高校を卒業しましたが、その後は定職に就かず、気ままなフリーター生活をしており、バイトの給料もすべてお小遣いと国民年金の支払いに使って、家には一切お金を入れません。

長男のプータローぶりには両親も呆れて、育成に失敗した「バカ息子」だと思っています。

こんな兄とは対照的に、18歳の次男は地元の進学校に通い、東京の一流大学に合格しました。

次男は両親にとって自慢の息子で、彼の将来が唯一の希望です。

「次男ちゃんは東京の一流大学に進学するのだから、卒業後は大企業か公務員として就職して、高い賃金を稼ぎ、実家のローンも返済してくれて、美人で聡明な女性と結婚して、可愛い孫の顔を見せてくれて、精神的にも、経済的にも自分たちの老後を支えてくれるんだ!!」

両親は、次男が自分たちの未来を支えてくれると信じて疑いません。

彼がエリートコースを歩んでくれているため、長男に対してはまるで期待していません。

「弟があんなに頑張っているのに、あの子はいつまで、こんな恥かしい生活を続けるつもりだろう?」

「ウチの子は次男ちゃんだけでいいから、あの子は早くこの家を出て行ってくれたら良いのに…」

直接本人に言うことはありませんでしたが、ずっとこんなことを思っています。

時は流れて15年後。

長男は35歳、次男は33歳になりました。

15年前、両親の予想では、今頃は次男を核とした輝かしい生活を送れているはずでしたが、その期待は見事に裏切られました。

決して、次男が道を踏み外して堕落したわけではありません。

むしろ逆で、彼の人生がエリート過ぎたが故に、両親は完全に蚊帳の外になってしまったのです。

彼は大学を卒業後、有名な大企業に幹部候補として就職し、東京の本社に配属されました。

ここまでは両親の期待通りですが、彼は就職後、現地の女性と結婚しました。

そして、仕事の都合だけでなく、「結婚後も福岡ではなく東京で暮らしたい」という妻の希望も相まって、ずっと東京で暮らすことになりました。

これには両親も「え!?」と感じましたが、彼は大企業のエリートで、それなりに高い給与も稼いでいることから、「せめて仕送りくらいは…」と期待していました。

しかし、東京は生活費が高く、夫婦そろって、「子どもにも良い教育を受けさせたい」という意向もあり、教育費も重くのしかかって、とてもではありませんが、実家に仕送りする余裕はありません。

上京当初は、お盆とお正月の帰省は欠かしませんでしたが、最近は1年以上顔を見せないことも珍しくありません。

妻が「プライバシーを守るために、義父母とは極力関わり合いになりたくない」という話も人づてに聞き、次男が自分たち家族を避けているようにも感じます。

ここに来てようやく、両親は「エリートコースを歩んでいる次男が自分たちの老後を支えてくれる」という幻想から覚めました。

「自分たちの年金だけでは、生活できない」

「もしかしたら、家も車も手放さないといけないかも…」

そんな両親を支えてくれたのは、かつて「バカ息子」の烙印を押されていた長男でした。

彼はしばらく実家を離れて、相変わらずフリーター生活をしていましたが、実家の両親の生活が破綻しかけているという話を聞いて、実家に戻り就職して、両親と一緒に生活をすることになりました。

決して、高い給料を稼いでいるわけではありませんが、彼が生活費を入れてくれるおかげで、辛うじて生活は成り立っています。

長男が実家に戻ってきてくれたことで、お金の問題だけでなく、日々の買い物や、家の中の力仕事、体力的にも厳しくなった車の運転などでも非常に助かっています。

両親は長男に感謝して、表面や目先のことしか考えずに、長年彼を「出来が悪いバカ息子」と邪険にしていた自分たちを心の底から恥じました。

・必要なのは排除ではなく更生

上記はあくまでも私の創作で、家族を例にした話だが、「自分の将来を保証してくれる」と信じていた自慢のエリート学生が地元から遠ざかり、むしろ自分たちとの関りを断ちたがるという話は、福岡を離れ、東京や大阪で暮らす男性たちの姿そのものではないか。

暴走族のことを「地元しか知らないのに地元最高」などとバカにしている者は、「外の世界を知った若者が、あえて福岡を選んでくれる」と思っているのかもしれないが、その根拠のない自信と能天気ぶりには頭が下がる。

このポスターに対して表立った批判や抗議活動は起きていないことから、県民も同意見だと思われる。

つまり、彼らは暴走族を地域社会から排除することしか考えていないのだ。

もちろん、暴走族は実害を被る人もいるため、時には厳しく取り締まることも必要だろうが、彼らは「暴走族は本来魔界に住んでいて、自分たちの世界から追放したら、魔界へ帰る」とでも思っているのか?

本気でそんなことを考えているのなら、開いた口が塞がらない。

暴走族に必要なのは排除ではなく、更生と職業的な訓練や機会の提供である。

これは県警だけでなく、県民一丸となって取り組まなくてはいけない。

私が、こんなことを主張しているのは、決して、金八先生や夜回り先生のような人情味溢れる熱血教師の真似事をしたいからでも、暴走族に幸せになってもらいたいからでもない。

それが、回り回って社会にとって有益だと考えているからである。

というよりも、若年男性が次々と去っていく福岡において、彼らの活躍抜きで社会が成り立つのか疑問である。

自分たちの力を過信して、「将来有望なエリート若年男性が自分たちを支えてくれるから、暴走族は魔界へ帰れ」などと思っているようであれば、福岡に明るい未来など期待できるはずもないだろう。

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