職場の人の厚意は素直に受け取ろう

以前、早弁ができない人は職場の同僚を信頼できない可哀そうな人だという記事を書いたことがある。

その時に、彼ら(というよりも私も含まれるが)と同じではないかという人が頭に浮かんだ。

それは

絶対に遅刻できないマン(もちろん女も該当する人はいる)

である。

日本のサラリーマンは時間に厳しく「遅刻をするようなヤツは働く資格がない!!」と思っている人もいる。

「自分は絶対に遅刻したくない!!」と思って、毎日、定時の2時間前に職場に入るだけなら結構なのだが、電車が事故や災害でダイヤ通りに動かない時は、我を忘れて、駅員に暴力や暴言を振るう人もいる。

彼ら仕事に熱心な人ではなく、れっきとした犯罪者である。

・遅刻を嫌う理由

そもそも、なぜ彼らはそこまで遅刻を嫌うのだろう?

時給で働く非正規労働者ならまだしも、固定給で働く正社員が、たかだか数時間遅刻したくらいで給料が大幅に削られるということなどあり得るのか?

非正規労働者こそ遅刻を嫌いそうなのだが、世の中には「非正規労働者が遅刻するのは仕方ないが、正社員が遅刻することは許されない」と考えている人が少なからずいる。

これは風邪を引いて会社を休む時も同じような気がする。

時給で働く非正規労働者は風邪で休んで出勤日数が減れば、収入も減ってしまう。

それに対して、正社員は風邪で休んで収入が減ることはない(たぶん)。

にもかかわらず、非正規労働者が風邪で休む事には寛容だが、「正社員が風邪ごときで休むなど言語道断」だと考えている人がいる。

それは一体どのような理屈なのだろうか?

特定の誰かが頭に浮かんだわけではないが、ある人が言いそうなセリフがある。

正社員が風邪で休むことも遅刻することもできない理由、それは・・・

「責任」である!!wwww

その責任感にかられた行動が駅員への暴力という犯罪行為ならお笑いである。

と、人のことをコケにしているが、実は私もかつて「働いている以上は遅刻や欠勤など絶対にできない」と思っていたことがあった。

そのため、職場にはいつも30分前に着いていたし、風邪を引いた時も悟られないようにマスクを着けずに出勤していた。

(念のために言っておくが、風邪で休む事には抵抗があったものの、風邪を引いても出勤していること周囲に自慢したり、風邪で休む人を蔑んで自分の存在を誇示するような愚かな人間にだけは絶対になりなりたくないと思っていた。)

・そもそも「遅刻と病欠は絶対に許されない!!」と誰が言ったのか?

だが、よくよく考えてみると「たとえ不可抗力でも、遅刻や病欠をするヤツは社会人失格!!」なんて誰が言ったのだろうか?

私が初めてこれを耳にしたのは高校の就職担当の教員に言われた時だったと思う。

たしか、就職ガイダンスで、かつて自分の教え子の就職を斡旋しようとしたら、企業の採用担当者が、その生徒毎年3日も風邪で休んでいたり、いつも授業時間ギリギリに教室を移動することを知ると、即座に不採用判定を下したという経験を語って、「社会では絶対に遅刻も病欠も許されない!!」と説教していた。

(とは言っていたが、彼自身は何度も(授業にではなく学校の始業時間に)遅刻していたし、体調不良で入院した時は病気休暇を申請するなど公務員特権をフル活用していたらしい・・・)

しかし、私が実際に働きだしてからは、「絶対に遅刻と病欠は許さん!!」などと宣う(のたまう)人間はほとんど見たことがない。

たしかにそういうバカは何人かいたが、そういうヤツは自分のことを棚に上げる人間であることが多く、周囲の人からも見透かされていた。

・他人の遅刻は案外誰も気にしていない

正式な統計を見たわけではないが、他人の仕事にうるさい国、日本といえど、「遅刻も病欠も絶対に許さん!!」などと言っている人間は実のところ少数ではないか?

働く人でも意外と他人の遅刻や病欠に寛容だったりする。

「寛容」というよりも大して「気にしていない」だけなのかもしれない。

にもかかわらず、少なくない人が「お言葉に甘えて、今日は遅刻させていただきます!!」と言えずに「絶対に遅刻も病欠もできない・・・」と思い込んでいる

その理由は一体何だろう?

私が思うに、彼らは空腹に耐えられないものの「勤務中に食事を取らせてください」と言えない人と同様に、同僚を信じることができない人たちなのではないだろうか。

だから、「遅刻や病欠をしてもいいよ」と言われても、疑っているのか、見栄を張っているのかは知らないが、他人の厚意を素直に受け取ることができない。

エラそうな顔で「社会人は絶対に遅刻も病欠も許されない!!」とほざきながら義務や責任を強調しているが、彼らは心から信頼できる仲間も、不完全な自分を受け入れたりする強さもない哀れな人なのだと思う。

というわけで、これからは電車が遅れて駅員を怒鳴ったり、暴れたりする人を見たら「人として終わっている可哀そうな存在」だと思うことにしよう。