外国人の自殺志願者と出会う②

前回のあらすじ

1ヶ月ほど前の金曜日の夜、アジアのある国に住んでいるミスターY(仮名)からメールが送られてきた。

彼は翌日命を絶つことを宣言している自殺志願者だった。

しかも、「あなたが私と会話をする最後の人となるでしょう」などと怖い発言をしてきた。

外国人である私に自殺の相談(決意は固まっているから「相談」ではない?)をされても、対応できることなどたかが知れている。

というよりも、厄介ごと以外の何事でもないのだが、本当に死なれた方がはるかに気分が悪いため、一応彼の話に耳を傾けることにした。

しかし、案の定、何を話していいのかが分からないと言われ、暗礁に乗り上げた。

・具体的な計画はない

私は前回まとめた注意点を基にして彼へメッセージを送ってみることにした。

最初にやるべきことは「自殺したい」と思っている彼の気持ちから逃げずに、彼の現状を聞き出すことである。

早川:「明日死ぬつもりだと言いましたが、具体的な方法は考えているのですか?」

ミスターY「今住んでいるアパートの屋上から飛び降ります」

早川:「そのアパートは何階建てなのですか?」

ミスターY3階建てです」

早川:3階建ての屋上から飛び降りても、たぶん死なないと思いますけど」

ミスターY「それじゃあ、ロープで首を吊ります」

早川:「首吊り自殺の場合は首の骨が折れないと死ねないから、かなり痛い思いをしなければ死ねないと思いますよ」

ミスターY「だったら、痛くない死に方を教えてください」

「明日死ぬ」と豪語していた割には随分と無計画である。

その発言を聞いた私は、彼は私が止めてくれることを期待しているのではないかと悟った。

私が下手を打たない限り、ハードルは必ずしも高くはないようである。

早川:「死ぬ方法はどれも多かれ少なかれ痛くて苦しいと思います。それよりも、なぜそこまでして死にたいのですか?」

ミスターY「これ以上、生きていても意味がないと思ったからです」

早川:「あなたには家族や友人はいないのですか?」

ミスターY「家族とは離れて住んでいるので2年は会っていません。今住んでいる場所には友人はいません。地元の友人たちとも学校を卒業してからほとんど会っていません」

早川:「仕事は何をしているのですか?」

ミスターY「今はゴミの回収の仕事をしています。以前は工場で使う機械のセールスをしていたんですけど、今年の春にクビになってしまいました」

早川:「それって、コロナの影響ですか?」

ミスターY「いえ、違います。その会社自体が行き詰っていたので、私が仕事を解雇されるのも時間の問題でした。その仕事を辞めた後は、皿洗いやバイクを使った配達の仕事などをやってきましたが、今の仕事の給料はセールスの仕事の3割程度しかありません」

早川:「『生きている意味がない』と感じるのはやっぱり仕事のこと?」

ミスターY「はい。もちろん、今の仕事はきついし給料も安い。だけど、前の仕事の貯金もあるから、そこまで経済的に困っているわけではありません」

早川:「それじゃあ、何が不満なのですか?」

ミスターY「人生のすべてです。今の生活では自分の味方が一人もいません。そして、私はもうすぐ30歳になります。これから先の状況はどんどん悪化していくことは間違いありません」

早川:「今の生活が苦しくても、やっぱり地元には戻れませんか?」

ミスターY「はい。私の地元は農業しか仕事がなく、とても貧乏なのです。両親は『絶対に都会で良い仕事を見つけろ』と言って、私を大学に通わせてくれました。だから、地元には帰れません」

ここに来てようやく彼の情報が掴めてきた。

・ミスターYのプロフィール

・年齢:29

・職業:不良品の回収(今年の春までは営業職)

・住まい:都会で一人暮らし

・出身:地方

・悩み:将来への不安感

・退屈な休日

さて、ここからは彼の悩みに踏み込もうと思う。

早川:「今の話を聞いていて思ったのですが、今は定職に就いていないけれども、『死にたい』と思う動機は仕事よりも、私生活の生きがいがないことであって、以前のような安定した仕事をしていても、自殺を考えていたかもしれないのですか?」

ミスターY「はい。そうです」

早川:「以前の仕事をしていた時は休日にどんなことをしていましたか?」

ミスターY「特に何も。家でテレビを見るか、ネットで**動画を見るくらいです」(←まるで彼がポルノ動画鑑賞を日課にしているように見えるが、伏せ字を用いた理由は著作権侵害に触れる恐れがあるためである)

早川:「趣味がなく、一緒に過ごす友人もいないということですか? だったら、私も同じですよ。東京に出てきて数年が経ちますが、未だに身近な友達はいませんし、休日にやることと言えば、英語の勉強か、読書か、ブログを書くことしかないので、『休日に何をしているの?』と聞かれることが大嫌いです。コロナウィルスの影響で『遊びたくても遊びに行けない!!』と大騒ぎしている人がいますが、私にとっては以前からそれが日常でした」

ミスターY「ええ!! あなたは一体何が楽しくて生きているのですか!?」

いや、自殺志願者にそんなこと言われたくないんだけど!!

・一人の恋人か、二人の友人か

彼は退屈な暮らしが今後も好転する可能性がないことに絶望して自殺を考えていた。

ここからは、彼が望んでいる生活について聞き出そうと思う。

早川:「今一番欲しいのはやっぱり友達ですか?」

ミスターY「はい。仕事で嫌なことがあった時に話をしたり、休日に一緒に遊んだり、困った時に助けてくれる友達が欲しいです」

早川:「一つ質問してもいいですか? もし、『一人の恋人か、二人の友人か?』のどちらかが手に入るとしたら、どちらを選びますか?」

ミスターY「二人の友人です」

早川:「地元に住んでいた時はそのような友人がいましたか?」

ミスターY「はい。子どもの時はいましたけど、地元を離れてからはそのような友人は一人もいません」

早川:「それも、私と同じですね。私も都会に出てからは地元の友人のように気が許せたり、困った時に頼りに出来る人はいません。でも、これは仕方がないんです。都会と田舎では人間関係の在り方が違うから」

ここから先も彼に私の考えを伝えたのだが、会話形式の文章では読みづらくなるため、ここでは通常の形式で説明させてもらいたい。

都会よりも田舎の方が、婚姻率が高かったり、結婚年齢が低いケースを想像してもらいたい。

よくよく考えればこれは不思議な現象である。

田舎では都会よりも仕事に恵まれていない地域の方がはるかに多い。

ということは、家族を養うだけの稼ぎがなかったり、そのような相手を見つけることが困難であるはずである。

にもかかわらず、経済的に恵まれない地方の方が結婚しやすいとはどういうことだろう?

これは、地方の方が、身近なところに親族や昔から付き合いのある友人のように、困った時に頼れる人がたくさんいるため、一人の相手(配偶者)に対して要求する水準が低いことが考えられる。

学校卒業後も地元で暮らし、同じく地元で働く男性と結婚した女性に、子どもができた時のことを考えてみてほしい。

子どもを妊娠した時も、出産後も、彼女が頼るのは夫ではなく、自分の母親や、すでに出産経験がある友人だったりする。

このように、地元で暮らし続ければ身近なところに頼れる人間関係が存在しているため、結婚相手に求める水準は必ずしも高くならない。

一方で、都会に働きに出た女性が同じような状況になった場合は、親族や昔からの友人のような人が身近にいないため、頼れるのは配偶者だけになってしまう。

もちろん、一人の相手ができることはたかが知れているため、有償でケアサービスを購入することになってしまう。

そのためには、お金が必要であり、それだけの給料を稼ぐことができる相手と結婚しなければならない。

しかし、経済的に恵まれている人物は限られているため、結果的に結婚そのものが困難になってしまう。

ただ、誤解がないように言っておくが、これは別に「田舎の人は仲間思いの優しい人が多いが、都会の人は自分の家族のことしか関心がない冷たい人ばかりだ」というわけではない。

都会の場合は移動のリスクが高いため、その場所でしっかりとした人間関係のネットワークを作っても、引っ越すことになった場合は、その関係も一緒に持っていくことができず、いざという時に守ってくれる友人関係はその都度リセットされてしまうため、家族のように場所を変えても関係が変わることのない相手に頼るしかないのである。

もっとも、結婚相手との関係も離婚したら消滅してしまうため、一生の保証とは言えないが…

このように、都会と田舎では、結婚相手に求める水準だけでなく、頼りになる人間関係の質も全く異なるのである。

私が彼に「一人の恋人と、二人の友人ではどちらが欲しいか?」と聞いたのはそのためである。

彼が求めていたような人間関係は一人の相手に100点を求めることではなく、一人一人は2030の力しかないかもしれないが、その積み重ねによって100になる後者の方である。

ただ、それは地元の生活に特有のものであり、都会では、たとえ経済的に満足した生活を送っていても、彼が望む人間関係を築くことはそもそも不可能であると思われる。

(なお、今回は話の見通しを立てやすくするために「田舎」と「都会」という単純化した言い方を用いたが、田舎で生活していても、そこが地元ではない人や、都会で生まれ育ったため、都会が地元である人のように、すべての人がこの考えに当てはまるわけではないことを断っておく)

次回へ続く