「家族の当たり前」を捨てるという生存戦略①

4月に結婚や家族に関する記事を何本か投稿した。

詳しくはそれぞれの記事を読んでほしいが、要約すると

私たちが「結婚」と聞いた連想するもの、たとえば、

・夫婦で経済的に自立した生活を送り、子どもを養育する

・親密性、恋愛感情、性的満足といった情緒的満足をすべて一人の相手に求める

・一度結婚したら、一生添い遂げる

・「嫌だ!」「興味ない!」と言っていても、最終的には全員するものである

というのは「近代社会」といって、社会が工業化して発展していく過程で、どこの国でも見られる現象であり、日本社会における伝統的なものでもない。

そのため、社会や経済の状況が変化した後も、そのモデルに固執すると、それは一握りの特権層しか手にすることができなくなる。

ということである。

その結果、この社会では少子化も未婚率の増加も止まらないわけだが、それでは「(数が減ったとはいえ)結婚までたどり着けた人が、以前は当たり前だった生活様式を手にすることができるのか?」と言われればそうとも限らない。

今回は各々の生存戦略として「家族の当たり前を捨てた」人たちの話をしたい。

・金はあるが家事の時間が足りない

夫婦ともに高給取りであることをあらわす「パワーカップル」という言葉がある。

定義は「世帯年収が1000万円を超える」とか「夫婦共に年収が700万円以上」とかいろいろある。

https://toyokeizai.net/articles/-/260306

https://ten-navi.com/hacks/article-500-39757

今回は「夫婦二人とも正社員(または責任のある仕事)についていて、相手の扶養がなくとも生活できる収入がある人たち」と思ってもらって構わない。

最初に紹介するのはそんな夫婦のケースである。

・今回メールを送ってくれた人

名前:タカハシ(仮名)

性別:男性

職業:経営企画

住まい:首都圏

年齢:36

家族:妻(36歳)と子ども2人(6歳と2歳の女児)、家事手伝いの妹(33歳)

彼が私にメールを送ってくれたきっかけはこの記事を読んだからである。

その記事で私はこんなことを書いた。

・この社会は何でもかんでも、「家族の責任だ!! 親の責任だ!!」と言って子育ての負担を家族に押し付けている。

・たとえば、父親は生活費やバカ高い子どもの学費まですべてを稼がなくてはならない経済的責任を押し付けられ、母親はすべての家事や子どものしつけなど異常なまでのきめ細かい子育ての責任を要求される。

・言い換えれば、他人の助けも、公的な支援も受けずに、自分たちだけで生活を成り立たせる「自立した家庭」であることを求められる。

・そして、その「自立した立派な家族」にこだわることで、家族を犠牲にすることもある。

彼はかつて、私が書いたこととよく似たことを経験していた。

もっとも、私が例としたのは別居している高齢になった親の介護問題で、彼の悩みは子育てについてだったが…

彼は大学を卒業して以来、今の会社で総合職として働き、20代後半の時に大学の同級生だった女性と結婚した。

彼の妻も大企業で総合職と働いているため、お金には全く不自由していない。

しかし、夫婦とも総合職ということで家事の時間が全く取れない。

最初の子どもが産まれたのが、妻が30歳になる前である。

彼女は子どもが1歳になる前から仕事に復帰し、復職後は残業や休日出勤が免除された。

とはいっても、その業務は単純な業務であり、仕事にやりがいを求めていた彼女は一刻も早くキャリアコースに戻りたかった。

しかし、それでは、とてもではないが、家事に手が回らない。

夫であるタカハシも積極的に家事や育児を行おうとした。

彼は総合職とはいえ、日曜日に出社することはほとんどない。

そのため、彼女がキャリアコースに戻って、日曜日も出勤しなければならない時は、彼が子どもの面倒を見るつもりだった。

しかし、平日は10時過ぎに帰宅することが珍しくない彼にとっては、それが限界であり、仕事帰りに、子どもを保育園に迎えに行ったり、子どもが風邪を引いた時に会社を休んで看病することは難しい。

彼も結婚する前は、「結婚後もキャリアを積みたい」という彼女の意志を尊重するつもりだった。

だからこそ、彼女は結婚して、子どもも産んだ。

しかし、現実はそう甘くなかった。

「結婚したのだから家族との時間を大切にする」つもりが、周りからは「結婚したのだから、妻と子どものために目一杯働け!」と全く逆の圧力をかけてくる。

今はまだ、妻が短時間で働いているため何とか家庭が保たれているが、妻は将来のことが不安なのか、苛立つことが増え、次第に揉め事が耐えなくなった。

・意外な救世主が現る

タカハシはこの状況から逃げ出さずに、妻と何度も話し合いを重ねた。

たとえば、どちらかの両親の手を借りるとか。

しかし、彼の両親は遠方で自営業を営んでおり、彼女の両親は二人とも地元で正社員として働いている。

そのため、互いの両親は頼れない。

それでは、家事代行業者とベビーシッターを利用するか?

しかし、家事も育児も他人任せでは家族であることの意味が薄れる。

となると、いっそのこと、彼が仕事を辞めて主夫になるか?

彼は妻のように「なにがなんでも仕事で輝きたい!!」とまでは考えていない。

しかし、妻一人に家計の負担を押し付けることは気が引ける。

必死になって考えてみたが、なかなかいい案が見つからない。

彼はもう一度、母親に頼み込んだ。

すると母は、家事に手が回らないのなら、実家に住んでいる無職の(タカハシの)妹がそちらへ行って家事を手伝えばいいのではと提案した。

彼の妹は高校を卒業した後、アルバイトの仕事を始めては辞めての繰り返しで、近年は完全な家事手伝いと化している。

「家事手伝い」と言えばもっともらしく聞こえるが、彼にとっては怠け者のプー太郎でしかなかった。

彼は子どもの頃こそ、妹(仮名:「プー子」←失礼だと思われるかもしれないが、本人には了承済み)と仲が良かったが、中学高校とろくに勉強をせずに、高校を卒業してからも定職に就かない彼女のことを次第に疎むようになり、ここ数年はほとんど会話もしなかった。

彼女を妻と合わせたのも結婚式の一度だけである。

そんな彼女を家に引き入れることには抵抗があった。

しかし、プー子は子育ての経験こそないが、長年家事手伝いをしていただけあって、最低限の洗濯と掃除はできて、それなりに料理もできる。

完璧ではないにせよ、家庭に全く手が回らない彼らにとっては適任である。

こうなったら、背に腹は代えられない。

ということで、彼は妹を招き入れることを妻に提案した。

妻は妹に子育ての経験がないことが不安だったが、日中は引き続き保育所に預けることで妥協することにした。

タカハシは妻とは正反対のプー子が彼女と上手くやっていけるのか不安だった。

しかし、仕事の引継ぎのように、一緒に家事と育児をやっていくと意外にも、彼女は妹を可愛がり、妹も妻のことを「お姉様」と呼び慕うようになった。

・私は主人公じゃないもん

プー子が家にやって来てからは、妻は希望通りキャリアコースへ復帰した。

プー子が一通りの家事を引き受けるといっても、一日の中で彼女がやることは多くない。

夕食作りと洗濯と保育所への子ども送り迎えは毎日行っているが、夫妻は埃一つでもあると文句を言うほどの綺麗好きというわけではないので、掃除は毎日行っているわけではない。

また、二人とも朝食は自分で用意する。

元々、そのような性格だったが、プー子はどう頑張っても朝7時より前に起きることができないため、毎朝手料理の朝食を作ってもらうことはあきらめている。

そして、子どもは日中の間は保育所に預けてある。

プー子の役割は「主婦」ではなく実家に住んでいた時と同じく「家事手伝い」と言える。

それで、夫妻からそれぞれ毎月2万円の小遣い+国民年金の支払いを肩代わりしてもらえるという条件で家にいるため彼女にとってはこれほど得になる仕事はない。

それでも、仕事に時間を取られている彼らにとっては、誰かが家にいてくれるというだけでも、とても心強く、費用対効果は圧倒的なプラスである。

急な子どもの体調不良や、平日の昼間しか開いていない市役所や銀行へ用がある時も、彼女が対応できるので、安心できる。

仕事に追われていても、以前のような苛立ちを家族にぶつけるということもなくなった。

そして、「子どもは一人育てるだけでも大変」と思っていた彼らだったが、二人目の子どもが産まれた。

これも家事手伝いのプー子が家族に安心感をもたらしてくれたおかげなのかもしれない。

今やプー子は完全にタカハシ家の一員となった。

知人や親戚はプー子がタカハシ家の家事を行っている経験から、自身も結婚したり、子どもを産むつもりはないかとよく尋ねるらしい。

しかし、彼女にそのつもりはない。

プー子:「だって私は主人公じゃないもん!!」

子ども向けのマンガやアニメを見ていると、多くは子どもが主人公で、お父さんとお母さん、そして兄弟までがメインキャラクターとなっている。

そこに、祖父母や親戚、友人などが脇役として登場して話を盛り上げる。

すべての人が主役になれるわけではないし、なる必要もない。

だが、主役にならなくても、子どもの親になれなくても、家族として生活を支えることはできる。

それなのに、なぜ「自分が主役にならなくては!!」と追い詰められるのだろうか。

主役ではなく、脇役として家族を支える。

それが彼女の選んだ道であり、大企業の総合職として働くパワーカップルはそんな脇役に支えられることで職場で輝けるのであった。

次回へ続く