ペンパルとの会話のネタに困った時の質問

インターネットで会話をしていると次第に会話のネタが切れて困ってしまうことがよくある。

こちらが、新しい話題を見つけられなくとも、相手から話を切り出してくれればいいのだが、そういう人ばかりとも限らず(以前、紹介した人たちほど極端ではないにせよ・・・)、そのまま関係が自然消滅することも珍しくない。

最近、そんな時に会話を引き出せる質問を見つけた。

What kind of kid (child) were you? (あなたはどんな子どもでしたか?)

この質問をしたら、大抵は「shy」、とか「I loved to play outside.」とか短い答えが返ってくるのだが、これをきっかけにお互いの子ども時の話をすると、意外にも話が続く。

これは、子どもの生活は大人の生活ほど多様化していないため、育った国が違っても、ある程度、共通の経験を持っているからだと思う。

「兄弟が何人いた」とか「よく一緒に遊んだ友達の話」とか「学校で好きだった科目の話」とか。

これまで4人にこの質問をしてみたが、意外にも、「何でこんな質問するの?」と不思議がられたことは一度もない。

・きっかけとなった韓国人

初めてこの質問をすることになった人の話をする。

彼は当時27歳で失業中の韓国人だった。

現在、韓国の経済状況はあまりいい状態ではないようなので、無職ということ自体は珍しくないのかもしれないが、彼はただの無職ではなかった。

彼は大学を卒業した後、全く仕事をしていなかったのである。

彼の話によると、卒業後は就職活動をしていたが、仕事に就けず、卒業から約1年後に交通事故に会ってしまい半年間入院、その後、リハビリも無事終えたが、卒業後の2年間は全く仕事をしていなかったことが原因で、就職はおろか、面接までたどり着くことさえも苦戦していたらしい。

そして、上手くいかない就職活動で心を病み、1年くらい引きこもり、最近になって就職活動を再開したらしい。

正直に言うと、私は彼と何の話をすればいいのか全く分からなかった。

私は相手から「日本の~について教えてほしい」というようなリクエストがない限り、学生に対しては学校で学んでいることと将来の目標、働いている人には仕事の話から始めるようにしている。

しかし、彼は仕事に就いた経験は全くない。

仮に22歳で大学を卒業したとして、卒業から5年近く経過しているので、今さら学生時代の話しをするのも妙な感じがした。(電子工学を学んだとは言っていたが・・・)

・言葉の通じない相手にメッセージを送る理由

当初、彼はたどたどしくも日本語でメッセージを送ってきたため、私は彼が日本語が使えるのだと思っていた。そんな優秀な人が、なぜ仕事につけないのか疑問だった。

だが、後にメッセージ交換の場をLINEに移した時、彼の日本語は翻訳ソフトを通したものだと分かった。

私は日本語と英語でメッセージを送っているが、一度、間違えて、英語のみのメッセージを送ったことがある。

すると「日本語でメッセージを送ってほしい。」と要求された。おそらく彼は英語もわからないのだろう。

問題なのは彼が英語ができないということではない。

これはネット上にいる言葉が通じない外国人にメッセージを送るくらい、彼の近くに話し相手がいないということである。

彼が孤立した生活を送っていることは容易に想像できたため、何とか私が話し相手になろうと思ったのだが、彼が送ってくるメッセージの内容は彼がよく遊んでいるゲームの話や日本人のアイドルの話など、私には全く興味がなく、会話の糸口にするのが難しい話題ばかりだった。

そこで私は彼にこんな質問をしてみた。

「将来の夢はなんですか?」

彼は激怒し(たのかどうかは実際、分からないが)、「夢なんてない!!普通に働いて、普通に生活したい!!」と言った。

絶望に満ちた長期失業中の人に夢(dream)を尋ねるのは軽率だったと今では反省するが、取りあえず彼を落ち着かせるための新たな話題として「あなたはどんな子どもでしたか?」と聞いてみた。

・子ども時代を語りだすと急に饒舌になった

彼は子どもの頃は外で遊ぶのが大好きだったと答えた。

彼は地方の町で育ち、休みの日に友達とサッカーをすることが一番の楽しみだったと言う。

家族にも恵まれ、おじいさんはよくドライブに連れて行ってくれて、おばあさんはよく手作りでお菓子を作ってくれた。

誕生日は毎年、(祖父母も含む)家族全員で祝ってくれた。(その写真も送ってくれた)

それから、彼が子どもの時に見ていたテレビ番組や、私にも懐かしく思える2002年の日韓ワールドカップの時の話もしてくれた。

彼は本当にいろいろなことを話してくれた。

それまでと同じ人とは思えないくらいに・・・

そんな幸せな子ども時代を過ごした彼だが、中学校に進学すると周りに合わせるように勉強一辺倒の生活になった。

日本の中学・高校では普通の学校にも部活動があることが珍しくないが、韓国は違うらしい。

そんな生活の中で、彼は自分の中の大きく欠けたものを感じつつも、周りに合わせるように何とか大学は卒業。

しかし、大学卒業後は就職というレールから外れてしまい、現在まで社会の日の目を見ることのない生活を送っている。

彼は現在も実家に住んでいると言うが、町の様子は子どもの頃から大きく変わったらしい。

彼が子どもの頃、よく遊んでいた空地には家が建ち、よく買い物をしていた店は閉店、かつての友達も別の町で仕事を見つけ、彼らとは疎遠になった。

彼が子どもの時に可愛がってくれた祖父母はまだ健在だが、彼は今の自分が不甲斐なくて何年も顔を合わせていないらしい。

私は彼の子どもの時の話を聞いていて、正直、不安になった。

彼が喜んで子どもの頃の話してくれるのは有難いのだが、一方で、今、彼が置かれている状況は絶望的で一日や二日で簡単に変わるものではない。

そこで私が彼の自信と希望に満ち溢れていた子ども時代の記憶を掘り起こしてしまい、かつての自分と今の自分との差を痛感して、大きく苦しむことになるのではないかと恐れていた。

幸い、彼は私に「昔の話をしたことで元気が出て、明日も頑張ろうと思った。」と言ってくれた。

私は彼の中に残っている幸せな時間の記憶が、絶望の中を生きる彼の支えになってほしいと心から願っている。

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