前回まで4度に渡って、地方出身の私が東京で暮らし始めた時の記事を書いてきた。
すると早速、読者から返信が届いた。
問い合わせの内容は仕事に関するもので、私が派遣社員として東京での生活をスタートさせたことについて、「本当に派遣社員で生活できるの?」という疑問だった。
ちなみに、この方は正社員としての仕事を見つけるまではアルバイトをする考えはあっても、派遣社員として働くという発想は全くなかったらしい。
たしかにその疑問(というよりも心配)はよく分かる。
テレビにせよ、ネットにせよ、メディアで報じられるイメージは
・不安定
・派遣先から人間として扱われない
・派遣会社のピンハネがひどい
・せめて直接雇用の契約社員でないと…
というネガティブなものが大半である。
「正社員の職に就くまではアルバイトで頑張る!!」
と意気込む人を応援する人はいても、
「派遣社員で頑張る!!」
と宣言する人がいたら、間違いなくほぼすべての人が止めるだろう。
もちろん、派遣社員として働く上でデメリットが全くないとは言えない。
今日は東京で派遣社員と働くことの実態について紹介しようと思う。
・派遣社員として働くメリット
①:労働法が順守される
派遣という形で働くと、責任の所在が曖昧になり、労働者の権利が守られないというイメージを持っている人がいるかもしれない。
代表的なのは派遣切りであろう。
派遣先は景気の悪化を理由に雇い止めをして、派遣会社は「他の仕事を探しています」と言いつつ、不況期ではそう簡単に他の仕事が見つかるわけもなく、無職のまま寮まで追い出されて、あっという間に路上生活に陥るかもしれない。
これが2008年の年末に頻繁に報道された「派遣」という不安定な働き方の姿である。
しかし、私はいくつかの派遣業務を経験したが、契約途中で解雇されたことは一度もない。
残業代が一切出ないということもなかった。(私は勤務時間が15分単位で計算されるのに、他所の派遣会社から来ていた人は5分単位だったというような不公平を感じる出来事はあったが…)
これは企業と労働者が直接雇用契約を結んでいるわけではなく、派遣会社を通して行われているため、契約期間中は通常の労使関係にありがちな「なあなあ」が通用しないためだと思われる。
ちなみに、私はコロナ禍において1ヶ月以上の間、出勤日の半分が自宅待機となったが、その日は出勤扱いとされ、所定の労働時間と同じ給料が満額支払われた。
いたって法令遵守である。
一方で、「休業控除」の名の下で、本人の意志とは無関係に出社できず、その分の給料が削られた正社員がどれだけいただろうか?
このように、
・正社員=法律でしっかりと保護されている
・派遣社員=法律で保護されない
とは限らないのである。
さらに、派遣先の社員もほとんどの人が穏やかに接してくれて、「人間扱いされない!!」と感じたことなど一度もない。
まあ、「所詮は他所の会社の人だから」という意識からそうしているのかもしれないが…
「派遣=人間扱いされない」という日雇い派遣で何度も経験したことは、長期の派遣(だけでなく、数ヶ月の短期であっても)では一度も遭遇することはなかった。
②:アルバイトよりも給料が高い
実際に働いた経験がない人は意外だと思うかもしれないが、派遣の給料はアルバイトやパートよりも高い。
よく、「派遣は即戦力が求められるから給料が高いのだ」と耳にするが、(経験者が優遇されることに違いはないが)未経験でも高時給の仕事に就くことは可能である。
私が上京後に初めて就いた仕事は経験のある職種だったが、就労後の派遣先で聞いた話では、特に経験者のみを探していたわけではなく、未経験者でも時給1300円で探しており、そこへたまたま経験者の私が来ただけであった。
上京したばかりの頃、事務経験など一切なかった私が、派遣会社から時給1600円の一般事務の仕事を紹介された時には、「私にこんな仕事を紹介するなんて、もしかしてこの人は別の人のプロフィールを見ているのではないのか?」と疑いさえした。
よく「派遣は派遣会社の搾取がひどい!!」と言われているが、たとえ派遣会社の中抜きがあっても、それでもアルバイトよりはるかに手取りが高くなる。
その他、休みが取りやすいこともあるが、それはパートやアルバイトも同じである職場が多いため(そうではない会社もたくさんあるが)、この2つが派遣社員として働くときの主なメリットであると考えられる。
・デメリット
その一方で当然、デメリットもある。
①:就業前は派遣先がやりたい放題
メリットの項で、法令順守ということを取り上げたが、それはあくまでも、「採用された後」の話である。
そこにたどり着くまでは、派遣先が「俺たちは金払ってんだ!!」と言わんばかりに、派遣会社や応募者に対してやりたい放題やっている。
たとえば、派遣先は派遣労働者を直接雇うわけではなく、派遣会社から派遣された労働者を使用するため、採用の合否を決める権利はない。
法律上はね。
しかし、この決まりは当然のように無視されている。
しかも、お互いに最終確認をする念のための面談であるのなら、理解できなくもない。
それは労働者の側も、職場見学後に「思っていたのとは違う」と言って辞退することもあるから「お互い様」と言えるだろう。
だが、実際に行われていることは、派遣会社に複数の候補者を用意させて、各々を吟味したり、一人の募集定員の仕事を、複数の派遣会社に発注し、候補者を篩(ふるい)にかける傲慢振りである。
また、年齢や性別といった、本来であれば労働者を採用する際には求めてはならない細かい注文も平然と行っている。
これは何も私の憶測ではなく、実際の就業先で派遣会社にそのようなオーダーを行っている様子を見たことがある。
「派遣会社にわざわざ高い手数料払っているのだから、それくらいやって何が悪い?」
とでも言うつもりなのだろうか?
ちなみに、大手の派遣会社のスタッフであれば、求職者が派遣先によって受け入れ拒否にあった場合は、ノウハウがあるのかそれなりに手の込んだ誤魔化し方をするが、中小零細の派遣会社は、登録時の同意書の中に「採否の最終的な決定権は派遣先にあることを認める」と明記していたり、社内選考の段階で派遣先にプロフィールを送って受け入れ可能かどうかを判断させたということを堂々と伝えてくることもあった。
おそらく、そのようなことが(建前上だけでも)違法であるということを知らないのであろう。
残念だが、派遣労働にはこのような実態があるのも事実である。
そのため、即日勤務という意味は「採用されたら、すぐにでも働くことはできる」が、「簡単に職に就ける」という意味ではない。
②:雲梯(うんてい)式の転職が難しい
「雲梯」という名前を聞いたことがあるだろうか?
小学校や公園にある遊具の名で、長いはしごにぶら下がり、片手で体を支え、もう片方の手を前に伸ばすということを交互にやって、前へ進んでいくあれである。
地域によっては他の呼び名もあるようだが、ここでは雲梯という名を使わせてもらいたい。
ほとんどの方は想像できただろうが、「雲梯式の転職」とは、次の仕事が決まってから、今の勤め先を辞めることである。
直接契約のパートやアルバイトならば、退職の申し出は14日前が原則であり、転職先の面接で「2週間後から勤務可能です」と言って、無事に内定が貰えたら、今の勤め先を辞めることが出来る。
たとえ、就業規則で「退職の1ヶ月前までに報告すること」と書いてあっても、上司や同僚が転職活動をしていることを知っていれば、ある程度の融通は利かせてもらえる。
しかし、派遣の場合は派遣会社を通している関係上、契約を延長しないかどうかは契約期間終了の1ヶ月前に報告しなければならない。
契約期間中に「来週から次の職場に移りたいんで、辞めさせてください」というのはご法度であり、退職自体は可能かもしれないが、その派遣会社からは二度と仕事を紹介されないことを覚悟しなくてはならない。
とはいっても、やはりこれもケースバイケースであり、私が上京して最初に働いた職場では、派遣先の人たちも私が就職活動をしていることを知っていたため、その当たりも配慮してくれて、本来であれば、1ヶ月前に必要な更新の意思確認を2週間前まで引き延ばしてくれた。(まあ、ちょうどその時期は店舗の改装するため、従業員が一時余剰になるという事情もあったからであるが…)
その他のデメリットとしては、最近まで交通費が自己負担というケースが多かった。
といっても、これは職種によって大きく異なっていた。
事務の仕事は大半が自己負担だったが、販売や工場の仕事ではほとんどの案件で交通費が支給されていた。
おそらく、交通費は派遣会社が負担しているのではなく、派遣先が払っているものだと思われる。
しかも、2020年の同一労働同一賃金化によって、事務職でも多くのケースで交通費が支給されるようになった。
そのため、デメリットとしてはあまり感じられなくなっている。
というわけで、「仕事に就くことが簡単ではない」と「転職のタイミングを計ることが難しい」の2つが派遣で働く上でのデメリットであると考えられる。
…って、よくよく考えてみたら、それは「正社員の仕事を見つけるまでのつなぎ」としては致命的なことである気がするが…