社会への復讐に燃える男

インターネットの世界では、普段の生活では決して出会うことのない人と出会える可能性がある。

そして、私たちは相手がどんな人かも分からずに会話や文章のやり取りを行うことができる。

かつて私はペンパルサイトで、平日は真面目に働き、休日はボランティア活動をする優しそうな男と出会った。

しかし、その男の正体は社会への復讐に燃える反社会勢力の人間だった。

今日はそんな反社会活動家の話をしたい。

・優しい男の正体

彼は某国(内容が内容なだけに国名は避ける)在住の男性。

名前はミスターXと呼ぼう。

普段は経理の仕事をしていて、週末は生活困窮者への食事の支援や福祉の支援が必要な人と一緒に窓口に行って受給の手助けをする社会活動をしている。

その話を聞いた私は、彼がとても立派でやさしい人なのだろうと思っていた。

しかし、彼のメッセージには衝撃的なことが書かれていた。

ミスターX

いいえ。

私は立派な人間ではありません。

ただ社会へ復讐しているだけです。

社会への復讐!?

最初は彼の書いた「(revenge)」は書き間違いだと思い、それは「報復」(retaliate)のことと同じ意味なのかと聞いたら、そうだと言われた。

危険を承知で次のような質問をしてみた。

早川:   Do you mean you are a terrorist or a mafia? (あなたはテロリストかマフィアということですか?)

ミスターXhaha, I’m not terrorist, but similar, I think myself traitor. (ハハ、違います。しかし似ています。私は自分を国賊だと思っています。)」

traitor」という言葉を調べてみると、日本語の「国賊」、「裏切者」、「反逆者」という意味になる。

一方で「terrorist」とは目的のために暴力や脅迫を用いる者のことである

早川:   あなたは社会へ抗議をしているけど、犯罪や暴力を用いる活動は行わないということですか?

ミスターX:「はい。私はこの社会に復讐したいと思い、そのために行動していますが、そのために銃や爆弾は使いません。だから自分を『terrorist』ではなく『traitor』と呼びます。(※)」

早川:   社会への復讐とは具体的にどのようなことをするのですか?

ミスターX:「先ほど言った通り、生活に苦しんでいる人が生きるための支援をすることです。」

早川:   え!? それは人助けであって、社会への復讐とは言わないのではないですか?

ミスターX:「いいえ。復讐です。そして私はこの社会にとって国賊なのです。」

(※:「テロ」の定義はいくつか存在し、これはあくまでも私たちの解釈によるものにすぎない。)

話しが全く噛み合っていない。

彼がなぜ自分のことを国賊と呼ぶのか?

彼はこれまでの半生と、その時に感じたことを私に話してくれた。

・自分は社会に見捨てられた存在

彼が社会への復讐に燃えるミスターXとなったのは今から5年ほど前のこと。

当時の彼は大学を出たものの安定した職に就くことができず、短期の仕事をいくつか経験し、その後は半年近く求職活動をしていた。

海外では大学を卒業しても、すぐにいい仕事に就けるとは限らない国が多い。

これは経済的には大変かもしれないが、それだけ「仕事に就かなきゃ!!」というプレッシャーに晒されることもないということでもある。

しかし、彼の国は様子が違ったようである。

彼の国では、現在はどの職種でも「経験」を厳しく問われて、未経験者が容易に職に就くことは出来ないらしい。

だから、経験の乏しい彼はなかなか職に就けなかった。

そして、所得格差も広がっている。

しかし、彼の親世代が若い時は「若者は職探しに苦労しない」と言われていたようで、彼らはその感覚で物を言う。

親だけでなく、面接担当者やテレビで発言する識者、ネットの掲示板へ書き込む者も同じ感覚を共有している。

「この社会は頑張れば誰でも報われるよ。社会は頑張らない人を助けないよ」

「仕事に就けないのは自分がえり好みしているからでしょう?」

「あなたはこれまで何をやっていたの?」

「君たちのような人が、この社会をダメにしたんだ!!」

この発言はすべて私の想像だが、おそらく、彼はこのような言葉を浴びせ続けられていたのだろう。

求職中の彼は仕事に就けないということだけでなく、この周囲の無理解に苦しんでいた。

外国の話なのに、デジャビュというか、既視感というか、何度も目にしたことのあると思えるくらい容易に想像できる光景である。

彼は社会に居場所がないと感じたが、世間はそのことを理解しない。

それどころか社会は彼を社会のお荷物だと罵る。

彼は自分が社会に見捨てられたと思い、自分を苦しめる社会への復讐を誓った。

・社会への不満を暴力で訴えない理由

なるほど。

彼が社会を憎み、「恨みを晴らしたい」と思うようになった経緯はよく分かった。

しかし、なぜそれが低所得者を支援することにつながるのか?

社会への復讐と聞けば「爆破テロ」などを連想するのだが・・・

彼は暴力では世の中を変えることはできないと考えているのか?

そのことを聞いてみると彼はこんなことを言った。

ミスターX:

確かに暴力で社会への不満を訴えるという手段は人々の注目を集めることができるかもしれません。

しかし、私が街中で爆弾を爆発させても、その結果として私を苦しめている人間だけが死ぬとは限りません。

その中にはかつて私を助けてくれた優しい人もいるかもしれません。

それに、どんなに大きな事件を起こしても人はすぐに忘れます。

どうせなら私は彼らを長く苦しめたいのです。

私も「社会への恨みを暴力で訴えても、その暴力が自分を苦しめる者に対してだけ向かうとは限らない。」という考えには同感だ。

圧倒的な力の差で国や社会に虐げられている者たちが、自分たちに対する不当な支配に抵抗するために、団結し、非合法な暴力活動を行うということは容易に想像できる。

そして、その活動には正当性があるように思える。

ただし、問題なのは彼の言う通り、彼らの行使する暴力が常に自分たちを苦しめている者たちだけへ向けられるとは限らないことである。

イスラム原理主義過激派のテロリストを想像してみてほしい。

彼らは「敬虔なイスラム教徒の生活を守るために、自分たちを虐げるアメリカやイスラエルと戦う!!」と大義を掲げて、テロ活動を行うのだが、いきなり、これらの強敵と戦うのは無謀なので、まずは身近な敵から倒そうとする。

だから、イスラムの教えを都合のいいように解釈して、その教えに反しているとみなす人を殺したり、建物を破壊したりする。

その結果、口では「自分たちを虐げる巨悪と戦う!!」と言っているにもかかわらず、自分たちと同じような弱い立場の人を何人も殺すことになる。

政治的な思想を持つテロリストだけでなく、いじめ、貧困、複雑な家庭事情を抱える少年たちが集まるグループが次第に不良と化し過激化していくことも同じなのかもしれない。

・なぜ復讐の手段が人助けなのか?

ミスターXが社会への不満を暴力で訴えない理由は分かった。

でも、だからと言って、なぜ人助けが復讐の方法になるのか?

ミスターX:

この社会は弱者への蔑視が溢れていて、我々を助ける価値のない底辺として見捨てようとします。

ということは、彼らは私たち底辺の人間が生き生きと生活することを見るのが何よりの苦痛ではないのかと思うのです。

だから、私は生きます。

そして私と同じように苦しんでいる人にも人間らしく生きてもらいます。

これが私を拒む社会への復讐です。

自分たちのように社会に見捨てられた人間は生きることが復讐。

これが、彼が(自分と同じような)人を生かすことを社会への復讐と呼ぶ理由だった。

・批判を受けることで復讐していることを実感する

彼は食事の支援だけでなく、支援が必要な人を窓口へ連れて行き、そこで公的な支援を得るためのサポートをしているのだが、その支援には税金が使われている(日本の生活保護のようなものか?)。

というわけで、彼の活動先には「俺たちが払った税金を怠け者のために使うな!!」という苦情が入ることがあるという。

彼が自虐的に使う「国賊」という言葉はこの時に言われた言葉なのかもしれない。

私はこれは間違った批判であると思うが、彼が「国賊」であることはある立場から見ると正しいのかもしれない。

しかし、彼はこの批判を聞くことがとてもうれしいと言う。

ミスターX:

私は自分が一生懸命働いてこの社会を支えていると思い込んでいる人に迫害され続けていました。

だから、そんな人間が私たちを憎み、怒りに満ちている姿を見ることが何よりも楽しいのです。

そのためにも生活困窮者に生き続けてほしい。

なるほど。

「お前たち底辺は生きる価値がないから大人しく死ね!!」と思っている人間にとって、その底辺者たちが自分の払う税金で生き続ける様子を歯ぎしりしながら見るのは何よりも苦痛だろう。

これが彼の言う「この社会に抗う」ということか・・・

ところで、彼が社会に復讐を誓った時は無職だったものの、現在は経理の仕事に就けた。

彼は職を得た現在も支援活動(彼に言わせれば「社会への復讐」)を続けている。

でも彼の活動の源泉が「憎しみ」であることは悲しい気がする。

・「国賊」でいい

彼が社会に復讐を誓った当時は無職だったが、現在は普通に働いて立派な社会生活を送っているように見える(実際に会ったことはないが)。

それでも彼は「国賊」であり続けるのだろうか?

私は彼に聞いてみた。

早川:   あなたがかつて大変な思いをして、自分を否定した社会を恨んだことは理解できます。でも現在は一人で生活できるだけの給料を得る仕事に就いています。これから先は社会を恨み続けるのではなく、結婚したり、子どもを育てたりして自分の人生を楽しく生きるということは考えませんか?

ミスターX:「その考えはありません。私が今の職に就けているのは自分の力ではなく様々な人たちのおかげです。もしこの社会が変わらずに今の仕事を失ったら、以前のような暮らしに戻るでしょう。だから私はこの社会に抗い続けます。」

彼の決意はそう簡単には変わらないようである。

最後に私は彼に励ましのメッセージを送った。

早川:   私はあなたの国があなたを国賊と呼ぶのではなく、社会の奉仕者として認めるような社会になることを祈ります。

ミスターX:「私は国賊でいいのです。私は自分がやりたいからやっているだけですから。」

彼らしいといえば彼らしい。

「自分は人助けのために活動しているのではなく、自分がやりたいことをやっているだけ。名誉も称賛も必要ない。だから国賊のままでいい」

そう言って、彼は今日も戦場にいるのかもしれない。

「この世には義賊なんていない。困っている人を助けるために社会の悪と戦う心優しいテロリストなんてものは架空の物語の中だけの存在」

とはいうのは過去の話で、これからの時代は、社会に抗うテロリストの活動は爆撃でも、デモ活動でもなくて弱者への生活支援が主流になるのかもしれない。

あ、彼は「テロリスト」ではなく「国賊」だった。

それにしても、もっといい呼び方はないものか・・・

というわけで、「社会への復讐」というタイトルを見て、無差別テロや自分を虐げてきた会社(または上司)へ暴力的な復讐をするという物語を期待して読んでくれた方もいたかもしれないが、今回はいい話として終わらせてもらう。

虐げられた職場に復讐してスカッとする」というような話をお望みの方はこちらの記事をご覧ください。

・今日の推薦本

テロリストは日本の「何」を見ているのか 無限テロリズムと日本人

伊勢崎賢治 (著)幻冬舎

「テロ」の定義について考えた時に使用。「テロリストとは断固として戦う!!」というようなノリではなく、冷静に「テロとは何か?」について学びたい人に最適。

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(彼の
20201月現在の様子を紹介している)