
私は今月から新しい職場で働いている。
最寄り駅は複数の路線を利用できるが、初めて働く所になるので、勤務開始当初はどのルートが最適なのかは分からず、いくつか試してみた。
当然、そのためには余裕を持って、出社しなければならない。
というわけで、早く会社に着きすぎるため、空いた時間はスマホを見ることが多かった。
その際、あるものに「またか~💢…」とウンザリすることが何度もあった。
それは、薬品会社の広告である。
本当に気持ち悪い。
・業界の闇なのか?

これまでも同様の広告は何度も見てきた。
ところが、同じ広告であっても、パソコンは画面の隅に表示されるだけだか、スマホは画面全体にデカデカと表示されるので、不快の度合いが桁外れなのだ。
養生仙薬研究所の「歯茎がグラグラ」、ニュース合同会社の「ボロボロの足の爪」、薬院オーガニックの「角栓ニュルニュル」、明治薬品の耳垢や腸内ガス…
身体の生々しい状態が強調されて、まるで脳が鳥肌を立てるような不快な気分になる。
彼らはなぜこうも生々しい画像を使って人の目を引こうとするのか?
しかも、不思議なのは、特定の一社が繰り返しこのような広告を出しているというわけではなく、複数の会社が似たような広告を競うように出している点である。
この業界には、かつて、見た人がゾッとするような(悪い意味で)インパクトがあるCMが大ヒットした前例があり、各社がそれを真似ているのだろうか?
それとも、元々、そういう頭がおかしい人が集まる業界であるとか?
恐怖や嫌悪感を過剰に煽ったり、身体のコンプレックスを利用すると人の注意を引くことはあるかもしれない。
例えば、「歯の健康を維持しましょう」と文章で伝えるだけでは、多くの人は気にも留めないかもしれない。
しかし、グラグラした歯茎の画像を大きく表示すれば、「何だこれは?」と目を向ける人がいるだろう。
さらに、「自分の歯茎もこんな状態になっていないだろうか」と不安になれば、対策に関心を持つ可能性もある。
…と期待しているのかもしれないが、これは迷惑系YouTuberに代表されるように、炎上商法そのものではないか?
「悪名は無名に勝る」という言葉があるが、それは本当なのだろうか?
私はそんな広告を見たら、商品に興味を持つどころか、嫌悪感を覚え、「こんな広告を出す会社の商品なんか絶対に買わない」と思ってしまう。
広告主が期待する反応とは正反対である。
・気持ち悪いのは集合体ではなく…

このように薬品会社が垂れ流すキモい広告は百害あって一利なしで、早いところ規制を設けて取り締まってほしいとさえ感じているが、意外にも収穫があった。
私は以前から、「自分は集合体恐怖症」なのだと自認していた。
ハスの花托や蜂の巣、チーズの断面など、小さくて同じ物がいくつも集まっている様子を見ると、何とも言えない不快感が湧いてくる。
この時は、先の広告と同様に「脳が鳥肌を立てる」ようなゾワッとした気持ちになる。
ところが、同じように多数のものが並んでいても、まったく気にならないものがある。
例えば、高層マンションに並ぶ窓やベランダ。
これも同じ大きさのものが等間隔でズラーッと並んでいるのだが、街中でそういったものを見かけても何とも思わない。
また、ショッピングモールのような大型施設の駐車場に停まっている車を電車や高速道路のような高い場所から見かけた時は、一定の場所に密集しているが、これも何も感じない。
水玉模様の服も同様だ。
これらも、同じような形が繰り返し並んでいるという点では、ハスの花托や蜂の巣と共通している。
それなのに、私は何の恐怖も嫌悪感も覚えない。
もし単純に「同じものが大量に並んでいる状態」が苦手なのであれば、マンションの窓や駐車場の車を見ても、同じような反応が起こるはずだが…
その理由は長年謎だったが、「薬品会社のキモい広告と集合体恐怖症を発動した時の感覚が似ている」という点から、ある仮説が浮かんだ。
もしかしたら、「集合体」ではなく「生物の生々しさや断面」が苦手なのでは…
・疑問が解ける手がかりとなった

改めて考えてみると、私が不快に感じるものには、ある共通点があるように思える。
それは、単に同じ形が繰り返されていることではなく、生物の身体や内部構造、生々しい質感を連想させることである。
ハスの花托や蜂の巣、チーズの断面は、それぞれ異なるものだが、私にとっては不快な反応を引き起こす。
一方、マンションの窓や駐車場の車、水玉模様は、同じものが大量に並んでいても気にならない。
そして、先ほどの製薬会社の広告にも、似たような共通点がある。
歯茎、足の爪、角栓、耳垢などは、いずれも身体に関係するものだ。
普段はあまり意識したくない部分や状態を、わざわざ生々しく見せられることで、強い嫌悪感が生じているのではないだろうか?
当然、ハスの花托と角栓では、見た目も性質も異なる。
両者への反応が同じ原因から生じていると断定することはできない。
それでも、私が感じる嫌悪感には、何らかの共通点があるように思える。
集合体恐怖症は、必ずしも恐怖だけではない
調べてみると、一般に「集合体恐怖症」と呼ばれるトライポフォビアについても、単純に穴がたくさんあるものを怖がる現象としては説明しきれないようだ。
また、画像の視覚的な特徴だけでなく、それがどのような物体や生物に存在するのかも、反応に関係する可能性がある。
そう考えると、私がこれまで「集合体恐怖症」と呼んでいた感覚も、必ずしも恐怖だけで構成されていたわけではないのだろう。
皮肉な話だが、不快な広告によって、自分の感覚を少し違った角度から捉えられるようになった。
しかし、その不快感について考えた結果、長年、自分でも十分に理解していなかった感覚の共通点に気付くことができた。
そう考えると、あの広告にも、思いがけない発見をもたらす一面はあったのかもしれない。
このブログで度々使用している言葉であるが、人の運命とは些細なきっかけで変わる。
もちろん、製薬会社の広告については、今後も嫌悪感を覚えることに変わりはないし、そんな会社の商品を購入するつもりも微塵もないことは改めて宣言しておく。







