
今月に入って、ビールのカルテルについてのニュースを聞いた。
社説:ビールカルテル 家計苦しい消費者への裏切り : 読売新聞
社説:ビールでカルテル疑い 実態解明し弊害を正す時 | 毎日新聞
出荷価格を巡ってカルテルを結んだ可能性があるとして、アサヒビール、キリンビール、サントリー、サッポロビールの4社が公正取引委員会の強制調査を受けたという。
ちなみに4社のシェア(占有率)は、9割超という寡占状態にある。
私はビールは飲まないのだが、このニュースを聞いた時はあることを思い出した。
・カルテルを結んでも自爆するだけでは?

今年の6月、大手人材派遣会社5社が、派遣先企業に請求する派遣料金を引き上げるためにカルテルを結んでいた疑いがあるとして、公正取引委員会の立ち入り検査を受けたことが報じられた。
報道によれば、2022年11月ごろに料金引き上げについて協議が行われ、2023年4月以降の料金に反映された疑いがあるという。
人材派遣大手5社、全国の派遣料金でカルテルの疑い 公取委立ち入り:朝日新聞
この件については、以前、この記事で取り上げて、私見を述べたことがあった。
これはあくまでも報道された疑惑であり、違法行為が確定したわけではない。
6月以降のニュースを追っても、特に進展は見られなかった。
しかし、先の記事を投稿した後でいろいろ考えることがあった。
ここでは、「2022年11月にカルテルが結ばれ、2023年4月から派遣料金が引き上げられた」という前提で考えてみたい。
大手派遣会社が料金を引き上げれば、派遣先企業が支払う費用は増える。
だが、派遣業界には大手だけでなく、中小の派遣会社も数多く存在する。
もし、中小の派遣会社が従来に近い料金でサービスを提供できるのであれば、派遣先企業にとっては乗り換えるメリットが生まれるはず。
例えば、同じような能力を持つ派遣社員を、ある会社からは時給換算で2,000円、別の会社からは1,900円で受け入れられるとする。
ビールは他社と同じ味を提供することは難しいかもしれないが、派遣の場合は派遣社員も、営業担当者も、個人の資質に左右されることが多く、「大手だから質が高い、中小だから質が低い」とは単純に言えない。
業務内容やサービスの質に明確な差がないなら、企業が安い方を選ぶのは自然なことだろう。
これが、いわゆる市場原理である。
価格が高ければ顧客を失い、安く提供できる企業には顧客が集まる。
競争に負けた企業は価格を見直したり、サービスを改善したりしなければならない。
こうした競争が働くことで、価格やサービスが適正な水準へと向かうことが期待される。
だったら…
カルテルなんて結んでも自爆するだけだから、大した問題じゃないじゃん~♪
理屈の上ではそうなる。
ところが、料金を引き上げた大手派遣会社が市場から駆逐され、中小の派遣会社に需要が移ったという話が見当たらない。
もちろん、実際には顧客の移動が起きていた可能性もある。
しかし、報道される程の変化は見られない。
ここで重要なのは価格引き上げが2023年4月だということ。
派遣会社から値上げを請求されても、取引先が
「今いる派遣社員は大切な戦力だから、辞められたら困る!!」
「別の派遣会社から来たスタッフに一から仕事を教えるのは手間だし、そもそも、やる気がある人が来るかも不透明だし…」
と考えて、値上げを受け入れることは十分考えられる。
だが、その値上げは3年以上前に始まっている。
派遣社員が同一の職場で働けるのは原則3年までなので、今働いている人の多くはカルテルによる値上げ以降に新規契約を結んだ人になる。
仮に大手が値上げしても多くの顧客を維持していたのであれば、それはなぜなのだろうか?
・市場原理が働くことと、十分に機能することは違う

その理由の一つとして考えられるのが、料金以外の要素である。
派遣先企業が派遣会社を選ぶ際、単純に料金だけを比較しているとは限らない。
必要な人数を確保できるか、求めるスキルを持った人材を紹介してくれるか、欠員が発生した際に迅速に対応してくれるかなど、さまざまな条件がある。
料金が安くても、必要な人数を確保できない派遣会社では、企業の要求を満たせない。
それに、中小もカルテルには組していないものの、個別に値上げしている可能性もある。
しかし、なんといっても、これまで取引していた会社と契約を打ち切って、新たな派遣会社を複数ピックアップして、見積を依頼して、発注して、営業担当者とやり取りして、それぞれの会社と候補者の選定などを調整するのは非常に手間がかかる。
そんな余分な手間が発生することを考慮すると、多少高くても従来の派遣会社と取引を続ける企業があっても不思議ではない。
それまでの習慣をダラダラと惰性で続けていると言える。
ここまで考えると、今回の疑問は派遣業界だけの問題ではないことが分かる。
私たちは、商品やサービスの価格が高くなれば、消費者はより安いものを選ぶと考えがちだ。
ところが、実際には必ずしもそうではない。
いつも利用している店で買い物を続ける人もいれば、多少高くても使い慣れた商品を選ぶ人もいる。
もちろん、値段が高くても、品質が良ければ、それが選ばれることは市場原理とは矛盾しない。
だが、繰り返しとなるものの、派遣の場合、スタッフも営業担当者も、大手だから中小より質が高いとは限らないのである。
今回の件を考える上で、私が重要だと感じたのは、市場原理が存在することと、市場原理が常に十分に機能することは別だという点である。
市場原理は、社会を動かす重要な力の一つであることには違いない。
しかし、現実の社会には、慣習や制度、人間関係、情報格差、組織の都合など、さまざまな力が同時に作用している。
「安くて良い商品を提供している会社があるのだから、顧客はそちらへ移るはずだ」と考えるのは、理屈としては分かりやすい。
だが、そのためには、顧客が価格差を把握でき、必要なサービスを比較でき、取引先を自由に変更できることなど、いくつもの条件が必要になる。
市場原理は、社会がどのように動くかを考える上で重要だが、それだけですべてを説明できるわけではない。
派遣会社のカルテル問題は公正取引委員会の立ち入り検査後、大きな報道はされておらず、カルテルの実態があったのかも依然判明していないが、騒動を通して、意外な収穫があったのかもしれない。







