これは今から1ヶ月ほど前の話である。
私がペンパルサイトにログインしていると、アジアのある国に住んでいる外国人の男性からメールが送られてきて、彼との間で数時間にわたって、文字通り「命をかけた死闘」を繰り広げることになった。
今日はその時の話をしたい。
・You are the last man
私にメッセージを送ってきた彼の名前をミスターY(仮名)としよう。
彼から最初に送られてきたメッセージは「Hi. I’m Mr. Y. How are you?」というありふれた内容だった。
彼のメッセージが届いた時刻は日本時間で23時を過ぎていたため、私は彼に話の続きは翌日でも大丈夫かと尋ねた。
すると彼からこんなメッセージが送られてきた。
ん?
彼は「翌日は仕事だから来られない」と言いたいのだろうか?
そう思って質問してみるとこんなメッセージが届いた。
直訳するとそうなるのだが、私はその意味が分からなかった。
「the last man ~」という構文は「決して~しそうにない人」「あの人が~なことをするはずがない」という使い方があるため、彼は文章の後に「I want to talk~」というフレーズを入れ忘れているのかと思った。
つまり、「You are the last man I want to talk before I die.(あなたとは死んでも話をしたくない)」と。
残念ながら、ペンパルサイトには少しでも否定的なことを言われたり、距離を取られてしまったら、憎しみに染まって相手のことを完全に拒絶する人が少なくない。
彼もそのような類の人で、「会話の続きは明日にしてくれ」と言った私に対して怒りを表しているのだろうか?
もしそうだとしても、私はそのような自分勝手な人に迎合するつもりはないが。
一応、彼に私の解釈を伝えた。
それに対して、今度はこのようなメールが届いた。
え!?
明日死ぬつもりって、どういうこと!?
彼の正体は自殺志願者であり、明日自殺を決行する前に誰かと話をしたいと思ってペンパルサイトにやって来て、たまたまその相手に選ばれたのが私だったのである。
・「話を聞くだけでいい」とは言うけれど…
なるほど。
ミスターYがI won’t be hereと書いたのはwon’t come hereの書き間違いではなく、本当にこの世から消えることを示唆していたのか…
いや、そんな呑気なことを言っている場合ではない。
身近な相手、少なくとも同じ国に住んでいる相手ならともかく、社会の制度も生活習慣も全く異なる外国人から「自殺しようと思っている」と悩みを相談されても、「どう励ませばいいのか?」、「どこの相談機関を紹介すればいいのか?」など分かるはずもない。
「今から死ぬから」などと言われても、直々に助けに行くこともできないし、緊急連絡先も分からない。
まして、お互いに外国語を使って話をするわけだから(彼の国は英語が母国語ではない)、ちょっとした誤訳によって誤解を生んでしまい、取り返しのつかないことになる可能性も高い。
はっきり言って、私には荷が重いため、彼が本気で死ぬつもりがあるにせよ、止めてもらいたいだけにせよ、他の人を探してもらいたい。
とはいっても、私が彼を拒絶して、本当に彼が自殺してしまい、結果的に私が死ぬ前の彼と言葉を交わした最後の人間になるのは寝覚めが悪い。
そう思った私は彼の自殺を思いとどまらせることも兼ねて、彼の話に付き合うことにした。
幸い、その日は金曜日だったため、私は夜更かしをしても問題ではなかった。
ほとんどの人も同じだろうが、私は自殺志願者と話をしたことなどない。
私は彼からの返信が送られてくるまでの時間を見計らって、「自殺したい」と相談された時の対応で注意すべき点をネットで調べてみた。
そこで出てきたのがこんな内容だった。
・決して話を逸らさずに相手の思いを受け止める
・正論を気取った偉そうな説教は論外
・無理やり励まそうとしない
・もっとも大事なことは相手の気持ちに共感すること
要するに、聞き役に回って、相手に「味方がいる」という安心感を与えることが大切なのである。
…って、簡単そうに見えるけど、それは(相手が自殺志願者かどうかは関係なしに)とても難しいのである。
・最悪なスタートを切る
このブログで何度も書いていることだが、「異国に住んでいる人と会話をするということは、自分とは異なる生活を送っている人と話をするということ」になるので、先ずはお互いの生活の違いを言葉にして共有しなければならない。
その段階をすっ飛ばして、ただ単に「私の話に共感してよ~」とか「何でもいいから話をしてよ~」と駄々をこねても、相手は対応に困るのである。
だが、ペンパルサイトの利用者はそれが苦手な人が多い。
その上、今回の相手は自殺志願者である。
今から死のうとしている人間にその冷静さがあるのか?
今の自分の状況を説明しようと、改めて言葉に起こしていると、かえってみじめさが湧いてくるのではないか?
逆の立場で考えてみてほしい。
今のあなたは学生で、もうすぐ卒業を迎えるのだが、就職活動が上手くいかず、何十社も面接を受けたが、未だに内定が取れていないとする。
そんな状況に絶望して、信頼できる相手に「就職が上手くいかなくて死にたい」と打ち明ける。
その相手は優しい言葉をかけるのか、叱咤するのかは不明だが、「就職が上手くいかないから苦しい思いをしている」ということは理解してくれる。
しかし、このコミュニケーションは「学校を卒業したらすぐに就職しなければならない(または「できる」)」という前提を相手も共有しているからこそ成立するのである。
もしも、新卒採用という習慣や概念がない外国人にそんな悩みを打ち明けても、
と困惑するだろう。
すると、今度はこの社会の新卒採用の習慣や、それを逃した場合の損失などを説明しなければならない。
死ぬほど苦しい思いをしている時にこの作業は大変な苦痛を伴う。
まして、今回の相手はそれを外国語で行わなくてはならない。
ミスターYがそのことに嫌気がさした時点で、正真正銘のジ・エンドになってしまう可能性が高い。
というわけで、かなり気を使わないといけない。
私がやるべきことは一にも二にも彼の現状を聞き出すことである。
普段であれば、一週間ほど時間をかけて関係を築くことも考えるが、今回は急を要する事態であるため、そんなことを言っている余裕はない。
というわけで、さっそく彼の話を聞き出そう。
早川:「明日自殺すると言っていましたけど、何か悩みでもあるのですか?」
ミスターY:「たくさんあるけど、何から話せばいいのか分からない。それよりもあなたのことを知りたい」
でたぁぁ!!
今まで何度となく見てきたこのやり取り。
自分のことは一切話さずに、ひたすら相手(=私)に話をリードしてもらいたいと願う一方的な要求。
私自身、他人に饒舌に語れるような充実したプライベートなど持っていない人間である。
そのため、ここから、会話のネタに詰まって、その後の連絡が途絶えるというケースを過去に何度も目の当たりにしてきた。
早くも絶望しか感じないが、果たして本当に彼の自殺を止めることができるのだろうか?