日曜日に働かなければならない時の複雑な感情①

   「もはやこの国は誰もが日曜日に休める社会ではない」   

そんなことが言われて何年経っただろうか?

産業構造が変化すると、農業や製造業に従事する労働者の数が減少して、サービス業や販売業で働く労働者の数が増える。

このご時世、日曜日に閉店している店など生き残れるはずもないため、このような職業で働く人が増えると、「モーレツ会社員」のように「休み」という概念のない人たちでなくても、日曜日に休める人の数も減少する。(企業向けのサービスや販売の仕事もあるため、これらの仕事に従事している人全員が日曜日に休めないというわけではないが…)

しかし、その一方で、この社会は相変わらず「日曜日は休みである」ことが前提になっていて、それができない人間はもろに不利益を被る場面が多々ある。

・日曜日に休むことが前提の社会

私は学校を卒業してから英検の試験を受けることが何度かあったが、その試験日はすべて日曜日である。

幸い、その時に働いていた職場は、希望を出せば日曜日に休みを取ることができた。

もしも、「ウチは最低限の人員しか雇わないから絶対に日曜日は休まないで!!」というような会社だったら、試験を受けることはできなかったかもしれない。

ちなみに、1年に3度しか機会がない英検はともかく、TOEICに至っては年間で11度も試験を行うにもかかわらず、そのすべてが日曜日である。

ここまで来ると、もはやはっきりと「日曜日に休めない人はまともな社会人ではない」と言われている気がする。

続いては、以前販売の仕事をしていた時に、中学生の子どもを持つ女性パートが不満を漏らした話。

彼女の子どもが修学旅行へ行くということで、学校が説明会を開催することになったのだが、その日程が「二週間後の日曜日」といういきなりの通知だったのである。

(ほとんどの会社も同じだろうが)私たちが勤務していた店は1ヶ月単位でシフトを作成するため、いきなり「再来週の日曜日にお越しください」などと言われても困るのである。

彼女はその日が休みになっていた同僚と休日を交換することで、その説明会に参加できたが、それでも怒りは収まらなかったようで、「みんなが日曜日は休めるなんて考えないでほしい!」と学校の対応を非難していた。

最後の例はこちら。

今年(2020年)の2月から5月にかけて、コロナウィルスの影響で全国の小学校や保育園、幼稚園が休業になったことで、子どもの面倒を見るために多くの保護者が仕事を休まなければならなくなった。

というわけで、その保護者の欠勤を有給扱いにして給料を支払った企業には厚生労働省が助成金を支払うことになった。

しかし、支払の対象となるのはあくまでも「小学校(または保育園、幼稚園)が休業したことで仕事を休まざるを得なくなった場合」に限定されているため、平日の週5日勤務の保護者は丸々休んでも全日が補償の対象になるが(1日当たりの限度額は設定されている)、元々、土日祝日に出勤することになっていた保護者が、その日に休んでしまった場合は「その日は元々、子どもが家にいる予定だったでしょう?」ということで支援の対象外となっている。

https://www.mhlw.go.jp/content/11909000/000621764.pdf

この制度はあくまでも学校が休業となったことに伴う休暇を補償するためのものであり、制限の根拠は理解できるし、担当者も悪気があってこのようなルールを設けたのではない。(たぶん)

しかし、常日頃から安い給料で子どもを家に残してでも働かなくてはならない人たちが、こんな時までババを引かされるのは何とも胸が痛くなる。

他人からすれば悪気のないことであっても、これでは当人たちが「自分たちは社会から露骨に差別されている」と感じてしまうのもやむを得ないだろう。

・井の中の蛙

さて、ここからは私個人の話をさせていただきたい。

現在の私は土日祝日が休みの仕事をしている。

応募した仕事がたまたまこのような勤務体系だったが、別に土日祝日が休日というのは私にとって必須の勤務条件ではない。

これまでも常にそのような勤務形態で働いていたわけではなかった。

私が初めてカレンダー通りに働く仕事に就いたのは、つなぎの仕事として短期の派遣の仕事に就いた時である。

その時は私が学生時代にアルバイトを始めた時から5年以上が経過していた。

つまり、それまでの間は、モーレツサラリーマンのように「休日」という概念がない人だけでなく、週休2日制の人であっても、大の大人が毎週日曜日休めるなどというのはテレビや漫画などの架空の世界の話だと思っていた。

新聞の折り込みで入って来る求人誌に載っていた、(園が休みであるため)日曜日と祝日が休みになっていた保育士の求人を見て、「毎週日曜日が休みの保育園なんて、一体誰が利用するんだよ!?」と呆れて、「きっとこの求人はウソの条件を並べて人を罠にはめようと企むブラック求人なのだろう」と本気で思っていたこともある。

こんな調子だったから、「日曜日は絶対に休みたい!!」と言っている人の気持ちは全く理解できなかった。

小学生くらいまでの年齢の子どものいる人たちであれば、「少しでも多く、子どもと一緒の時間を過ごしたい」と考えることは納得できるが、独身の人や、子どもが成人した人たちが「日曜日は働きたくない」と強く願うことがとても不思議だった。

毎月のように退職者が出る職場で働いていた時に、例によって「辞めたい」と悩んでいる社員がいた。

このような愚痴を聞くことは慣れっこだった私は彼に次の仕事を探す時は「どんな条件にこだわりたいか?」と尋ねた。

すると彼は「まあ、いろいろあるけど、一番は日曜日に必ず休めることですね」と答えた。

それを聞いた私は思わず

「え!? こだわる所はそこですか!?」

とズッコケそうになった。

当時の私は彼の気持ちが全く理解できなかった。

日曜日に休みを貰っても、遊びや買い物へ出かければ混雑するし、家に居れば、まだ学生だった身内が友達を連れ込んでどんちゃん騒ぎをするしで、貴重な休みを無駄にしている気がした。

それだったら、平日に休む方が自分のやりたいことを存分に楽しめる気がした。

それに病院や役所に用がある時も平日が休みである方が都合がいい。

上司がシフトを作成する時に「早川君、来月も土日の休みはなくていいの?」と気遣ってくれたこともあったが、遠慮ではなく本心から「いえ、大丈夫です」と答えていた。

休日に家族や仲間と充実した生活を送っている人からは「そんな生活を送って楽しいの?」と思われるかもしれないが、私の中ではそれが当たり前だった。

それを不幸だとは思ったことなど一度もなかった。

先述の初めて土日休みを経験した職場でも、その時期は繁忙期だったため、土日のどちらかは出勤させられたことが珍しくなかった。

その時は、世間が休みの日でも自分だけが働かなければならないことよりも、6日間連勤で、その後の休みが1日しか取れないことの方が不満だった。

今までの仕事はずっとシフト制の勤務だったため、急用で休日の予定日に出勤を命じられた時は、別の日に休みを振り替えてもらえた。

逆に、私用で急な休みが発生した時は、別の日に出勤することで帳尻を合わせてもらうこともできた。

しかし、平日勤務の仕事は他の人が働いている日に自分だけが休むのは、仕事的にも心理的にもハードルが高いし、「勤務すべき日に休んだから、代わりに元々休みだった日に出勤します!!」とすることはできない。

それも平日固定勤務のデメリットだと思っていた。

というわけで、当時の私にとっては土日祝日に働くことはメリットこそあれ、デメリットなど全く感じなかったのである。

次回へ続く