「仕方がない」を英訳してはいけない

先日、中国人とお互いの職場について話をした。

私が現在、働いている職場では正社員の残業時間が平均で月に20時間ほどある。

これが多いのか少ないのかは個人の考えによるが、残業代はきちんと支給される。

以前、私が働いていた職場は月に何十時間残業しても残業代が一切出ないという会社もあったので、そんな会社に比べたら随分と恵まれている。

という話をしていたら、こんなやりとりになった。

中国人A:「日本では残業代を払わないことが合法なのか?」

早川:「いいえ。厳密にいえば違法です」

中国人A:「なぜ、彼はどこにも訴えなかったのですか?」

そこで私は

「多分、正社員だから仕方がないと思っているんじゃないですか?」

と言いたかったのだが、ここで「仕方がない」とは、どう英訳すればいいのかという疑問が生まれた。

It is inevitable. (それは必然だ)

を使うと「だから何でそれが必然なの?」と言われるだろうし、

He has no choice.

It can’t be helped.

を使うと、「それは法律違反なので、彼は労基に行けばいいじゃないか?」と言われるだろう。

日本人同士なら

A:「正社員だから何時間残業しても、残業代が出ないのは仕方がないのですよ(違法だけど・・・)」

B:「まあ、それはしょうがないですね。(違法だけど・・・)」

という会話が当たり前のように成立するが、外国人にはこの考えが理解できない。

結局、その時は「多くの場合、残業代を支払わないのは違法だが、訴える人が少ないので、このような違法行為は珍しくない」という当たり障りのない答えになったが、そもそも「仕方がない」とはどういう意味なのだろうか?

・「仕方がない」は日本人の素晴らしい文化?

たしかに「仕方がない」とは、他に選択肢がないため、不本意ながらそれを選択せざるを得ない状態とは違う。

他の選択肢があるにもかかわらず、様々なしがらみで、そうせざるを得ない場面に使われることが多い。また、それは理屈に合わないことも多い。

一言で表すと「理不尽」である。

このようなことを考えていると、何年か前に、あるテレビ番組を見ていた時のことを思い出した。

番組の内容は日本で活躍した外国人アスリートを取材していたもので、その元選手が面白いことを言っていた。

彼が日本で成功できた理由の一つは「仕方がない」という日本語を知ったからだと言う。

彼は日本に来る前にある程度の実績を残していたため、来日当初は日本のスタイルに違和感を持っていた。

その都度、指導者に「なぜですか?」、「それにはどのような意味があるのですか?」との質問を繰り返していたが、納得できる答えは貰えなかった。

当初、彼はそのことを理不尽だと思っていたが、日本人選手が「それは仕方がない」と言って受け入れている姿を見て気づいた。

「仕方がない」とは単なる諦めの言葉ではなく、たとえ納得できないことでも、相手を責めることなく、その状況を受け入れて、前に進もうと考える日本人の「強さと寛容さ」を表す言葉だったのだ。

だから自分も日本人選手と同じく「仕方がない」の精神を取り入れて、日々の練習に取り組んだ。

なるほど。

「仕方がない」とは英語には存在しない言葉で、日本独自の言葉だということになる。

それは外国人が感動する「気高きサムライの精神」なのかもしれない。

・金の前では気高きサムライ精神も無力である

ということは、近い将来「Shikataganai」という言葉は日本文化を表す言葉として「sushi」や「samurai」のように、そのまま英語として広がるのかもしれない。

が、私はそれがいいことであるとは思えない。

なぜなら、私の知る限り、この国には自分が金を払う立場になると、この「仕方がない」の精神をどこかに吹っ飛ばしてしまう人があまりにも多いと思うからである。

クライアントのわがままを「仕方がない」と言って受け入れている人は大勢いるだろうが、はたして、その内の何人が、道路が渋滞した影響で注文した品が指定された時間に間に合わなかった時は、運送業者の人に「それは君のせいではないのだから仕方がない」と言えるだろうか?

これは私の推測だが、かなりの人が「仕方がないだと!? 俺は金を払ってるんだから、何としてでも時間通りに届けろ!!」と大声で罵倒するのではないだろうか?

お客様が売り場で商品を落としてしまい、その商品の価値を落としてしまった時に「わざとではないのだから仕方がありませんよ」と笑顔を振りまいて客の過失を不問にする人は、電車が事故を起こした影響で会社に遅れてきた部下にも同じように「それは君のせいではないのだから仕方がない」と言えるだろうか?

これも私の推測だが、多くの人が「仕方がないだと!? 仕事なんだから、電車が止まろうが、事故に会おうが、死んででも時間通りに出社しろ!!」と怒鳴りつけるのではないだろうか?

お金を払う人に見せる「仕方がない」の精神は、一体どこへ飛んで行ったのだろうか?

たとえ「仕方がない」が日本の素晴らしい文化だとしても、このように、お金を払う人にしか向けられないのであれば、「仕方がない」を世界に広めるべきではない。

こういう人たちを見ていると、悲しいことだが、日本が外国に誇る素晴らしい文化も伝統も気高き精神も金の前では無力なんだなと思ってしまう。

スポンサーリンク